時代を解く第14回 イギリスのEU離脱

2019年7月31日

月刊『労働運動』34頁(0317号10/01)(2016/08/01)

時代を解く 第14回 藤村 一行(動労千葉労働学校講師)
イギリスのEU離脱 崩壊する世界と労働者階級の課題

(写真 歓声を上げる離脱支持派)

*支配階級の反革命的バクチ

 6月23日に行われた、イギリスのEU(ヨーロッパ連合)からの離脱を問う国民投票は、「予想」に反して離脱票が多数となった。約1741万票(51・9%)が離脱、約1614万票(48・1%)が残留、離脱票が約130万票上回ったのである。800万の人口を抱える首都ロンドンとスコットランドや北アイルランドでは残留票が多数だったが、イギリス全体としてはEUからの離脱を決める「歴史的選択」となった。
 直前に右翼が残留派の活動家(労働党の女性議員)に対する襲撃・虐殺事件を引き起こしたことによって、離脱派の運動は失速したと言われた。離脱派の一部は「現在EUに納めている拠出金を使えばイギリスの無料医療保険を賄うことが可能」とデマキャンペーンを行った。また、「英国の主権を取り戻す」というノスタルジーで、離脱に投票した高齢者たちが若者の未来を奪ったという批判が事後的になされた。一部では国民投票やり直し運動も起きている。では勝利したのは右派ファシスト勢力なのか? 現実はそれほど単純ではない。

*なぜ国民投票が行われたか

 そもそもキャメロン政権はなぜこのような国民投票に出たのか。それはイギリス帝国主義が内的にも外的にも完全に行き詰まっていたからである。根底に、サッチャー以来のイギリスの政治経済社会の現状に対する労働者人民の怒りの蓄積がある。2015年に政権についた保守党キャメロンは、この階級的怒りに対する予防反革命として国民投票に打って出たのだ。国家権力が行う国民投票は基本的には常に反革命政治である。キャメロンはEU改革を打ち出してペテン的に残留という結果に導こうとした。だがキャメロンの仕掛けは、労働者人民にはっきり拒否されてしまったのである。EUとイギリス支配階級が串刺しで拒否されたのだ。これこそがブレグジット(「イギリスのEU離脱」を意味する略語)の根底にあるものだ。
 キャメロン首相は直ちに辞任し、メイ内相が首相に就任した。サッチャー以来の女性首相の登場である。だがこの新政権は、それ自体としては不安定な敗戦処理内閣でしかない。イギリスおよびEUの危機と混乱はこれから5年、10年の物差しで深まっていくのである、

*イギリス労働者階級の闘い

 このなかで、イギリスの鉄道・運輸労働者の組合であるRMT(鉄道海運輸送労働組合)が、新自由主義や民営化との対決を訴え、階級的立場から離脱への投票を呼び掛けたことは注目に値する。イギリス唯一の労働組合ナショナルセンターであるTUC(労働組合会議)が、キャメロンと組んで残留呼び掛けに動いたなかではRMTの断固たる方針は実に重要である。
 イギリス労働党は、キャメロン政権の呼びかけに従ってEUへの残留を党の方針にした。現場の活動家の運動としては右派勢力の移民排除キャンペーンと対決する側面もあったが、労働党の基本方針は、「EU市場から切り離されれば労働者は職を失う」と訴える全く受動的なものだった。これでは労働者の利益も守れない。労働者人民が求めている根本的な変革の方向とも相いれない。結果として、右派ファシストのキャンペーンを粉砕することにおいても敗北したのである。労働党はこの国民投票において最も深刻な打撃を受けた。

*イギリス離脱とEUの対応

 ブレグジットはこうして現実化した。イギリスは離脱を前提とした対応に入るしかない。EU(実体的には独仏の支配階級)としては、EUの引き締めのためにも、イギリスに対しては「懲罰的」に対応する。関税ゼロや貿易・資本移動の自由などを白紙に戻し、離脱後の経済関係を、建前としては一から再協議していくことになる。イギリスは、GDPで世界の4%を占める。EU内ではドイツに次いで二番目の経済規模だ。したがってEU側の経済的打撃も大きいのだが、EUはそれを承知で「懲罰的」対応に出るしかない。問われていることは帝国主義支配の体制的存亡そのものだからである。
 1か月たった現在、世界経済に対する影響はひとまず抑え込まれたと喧伝(けんでん)されている。しかしそれは株や為替の最初の動揺に関する話でしかない。本当の問題はこれから出てくる。第一次世界大戦から第二次世界大戦を経て形成された帝国主義延命のための最重要の仕組みであるEUヨーロッパ体制が崩れていく以上、経済にも世界政治にも巨大な影響が出てくる。NATO(北大西洋条約機構)など軍事体制の面でも不安定な情勢となる。

*労働者階級に問われること

 経済的にはEU(とくにユーロ圏)は、ギリシャ危機がEU全体に広がったような状態だ。イタリア、スペインからフランスそして東欧諸国までほとんどの国で財政危機が深刻化し、緊縮政策で労働者階級を厳しく抑える攻撃がしかけられている。ドイツでもこの攻撃は同じだ。そしてどの国も中東やアフリカからの難民問題、東欧からの移民問題で揺さぶられている。トルコ情勢はこのEU危機にさらに拍車をかけるだろう。フランスは昨年来イスラム系の武装勢力によるテロで国全体が内戦化している。
 このなかで労働者階級は国家権力の弾圧と排外主義に抗し、労働法制改悪攻撃に真っ向から立ち向かっている。これに対し難民排斥を掲げてファシスト的右翼が台頭してきている。現象的には1930年代のヒットラー登場前夜の様相である。EUの帝国主義支配階級どもは、右翼の台頭によってEU離脱が次々に起こる事態を回避し、同時に労働者の階級的決起を抑え体制内に取り込もうと必死である。
 問題の核心は、ヨーロッパ労働者階級が、国境の壁を打ち破った階級的連帯と階級的労働運動を基礎に、実際の闘いのなかで、一国的=全ヨーロッパ的な労働者権力樹立への展望を、はっきりつかみ取っていくことにある。そのとき、帝国主義支配階級が全面戦争になだれ込んでいくことを許さず労働者階級が勝利する現実性が見えてくる。勝負のときが訪れているのである。