「働き方改革」一括8法案/戦後労働法制と雇用政策の大転換

2019年7月31日

月刊『労働運動』34頁(0331号06/01)(2017/10/01)

「働き方改革」一括8法案
戦後労働法制と雇用政策の大転換

白井 徹哉(国鉄闘争全国運動事務局長)

 臨時国会冒頭からの解散・総選挙情勢ですが、改憲と並ぶ大焦点が「働き方改革」一括8法案です。
 昨年度の法人税収は再び減少に転じ、「企業業績を回復させて税収を増やす」というアベノミクスはデッドロックに直面しています。株価や為替を維持する金融・財政政策も限界です。差し迫る破局を前にして安倍首相は「最大のチャレンジは働き方改革だ」と連呼し、「成長戦略」の残された突破口として「働き方改革」を位置づけています。
 「働き方改革」一括8法案は、3月28日に決定された「働き方改革実行計画」に基づいて法案化されています。実行計画は、日本経済再生に向けた「一億総活躍=動員計画」として働き方改革を位置づけ、多様で柔軟な働き方を選択できるようにするとして戦後雇用政策の大転換を打ち出し、さらには生産性向上を究極の目的として掲げています。
 名称を変えたり他の法案と抱き合わせにする手法は安保法や共謀罪と同じですが、今回の一括法案化にはもっと重大な意味があります。一括法案を整理すると、①残業代ゼロ制度+残業時間100時間合法化、②裁量労働制の拡大、③雇用対策法の大幅変更、④同一労働同一賃金――の4つに大別できます。それぞれ対象となる労働者の範囲も違いますが、すべて同じ方向を向いた内容であり、一貫した意図があります。全体像を押さえることが非常に大切です。

●8時間労働制の抹殺を狙う

 「残業代ゼロ制度(高度プロフェッショナル制度)」は、2007年の第1次安倍政権時に提出を断念したホワイトカラーエグゼンプションそのものです。ホワイトカラー労働者は労働法の適用を除外する制度であり、狭義には労働時間規制の適用除外ですが、それにとどまらない重大な意味があり、「残業代ゼロ」は正確な批判ではない面もあります。
 連合の神津会長など様々な人が「上限規制は賛成だが、残業代ゼロは反対」というトーンで言っていますが、両者は完全に同じ意図に貫かれたものです。
 法案には「労働基準法第4章で定める労働時間、休憩、休日、深夜の割増賃金に関する規程は、対象労働者については適用しないものとする」と明示されています。労働者が1日に何時間を働くのかという労働時間をめぐる闘いは、資本主義的生産様式をめぐる核心問題です。労働基準法の労働時間の規定が丸ごと適用除外になることは本当に大変な問題です。
 適用除外の対象業務について、法案には〈業務に従事した時間と成果との関連性が高くないと厚生労働省令で定める業務〉としか書いてありません。厚生労働省が時間と成果の関連性が低いと判断すれば対象業務は省令でいくらでも拡大できるのです。裁量労働制とも違って、使用者は労働者に業務命令・指示ができるので「朝までにこの仕事を仕上げろ」と指示ができ、しかも深夜割増も残業代も必要ないのです。
 具体的な要件としては、平均給与額の3倍を上回る水準と規定されているだけ。経団連はかつて、年収400万円以上は残業代ゼロが望ましいと主張しました。制度が導入されれば、企業は、労働時間の制約、賃金の制約なく労働者を働かせることができます。
 これとセットで「残業時間の罰則付き上限規制」が法案化されています。〝残業規制〟とはまったく逆で、36協定制度をさらに無意味化し、過労死ライン80時間を超える100時間の残業を合法化するものです。
 現行の36協定には特別条項が規定されており、労使が合意すれば、弾力措置として限度時間基準を超えた時間数を設定でき、上限は事実上ありません。それを上限規制で「100時間未満」にすると言うのです。労災保険での過労死の認定基準は80時間です。「100時間未満」が法律に明記されれば、過労死・過労自殺について企業は「法律の範囲内」と主張できるようになります。

●裁量労働制の大幅な拡大

 企画業務型裁量労働制の対象の大幅な拡大も盛り込まれています。高プロ制度以上に危険と指摘する人もいます。企画業務型裁量労働制の対象に「事業運営に関する実施管理業務」と「課題解決型提案営業」を新たに加えます。管理職と営業職の大半が対象になりえます。
 過労自殺が起きた電通(広告代理店)では3分の1の社員が対象になるとも言われ、悪用されている「名ばかり管理職」「定額固定残業制」は軒並み合法化され、企業の裁判リスクはほぼなくなるとも指摘されています。

●戦後雇用政策の大転換

 新たに急浮上したのが雇用対策法の大幅な変更です。雇用対策法の目的に「多様な事情に応じた就業」「労働生産性の向上」が盛り込まれ、国の施策として「多様な就業形態の普及」を位置づけます。これは戦後の雇用政策の大転換です。
 雇用対策法は、雇用政策の基本法として位置づけられる法律で、憲法の勤労権に基づき、労働者の完全就業に向けた国の責務と事業主の努力を定めた法律です。この法律のもとにハローワークの設置や雇用保険の給付、各種の雇用継続施策などの雇用政策が行われています。
 法案では、雇用対策法の名称を「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用安定及び職業生活の充実等に関する法律」と変更し、働き方改革の理念を体現する基本法として位置づけると説明されています。
 厚生労働省は、「少子高齢化が進む中で、様々な事情を抱えている方にも労働参加してもらうことと、労働生産性の向上は働き方改革実行計画の2つの柱だ」と説明しています。
 経済産業省の「『雇用関係によらない働き方』に関する研究会報告書」では、「兼業・副業」「フリーランサー」のような「時間や場所、雇用契約にとらわれない柔軟な働き方」が必要だとして、労働者の個人請負化を打ち出しています。「労働力をシェアする」との宣伝文句で〈クラウドソーシング〉なるものがもて囃されています。インターネットで労働者と業務発注者をマッチングし、働き手と企業の両方から手数料を得るという事業です。企業と働き手の業務契約は個人請負契約。労働基準法も最低賃金法も適用されない究極の雇用破壊です。
 経済産業省は、米国ではいずれ労働者の半数が個人請負(フリーランサー)になるとうそぶき、社会保障制度や教育訓練システム、税制なども含めて抜本的に変えるべきと主張しているのです。

●「労働力の一億総動員」 「生産性向上」を至上命題

 「多様な働き方」なる雇用破壊と一体で同一労働同一賃金が強調されています。法案では、パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法の改定が一括で入っています。
 「多様で柔軟な働き方」の文脈で、地域・職務・時間限定社員を導入するために「同一労働同一賃金」を位置づけているのです。
 「個人請負も含めた多様な働き方を用意するから働ける時にはそれなりに働け。同じ労働時間や同じ内容なら同じ賃金を払う。能力や成果に違いあれば賃金に反映させる」というのです。「非正規雇用の待遇改善」「同一労働同一賃金」の名のもとに雇用を徹底的に破壊しようとしているのです。
 「働き方改革」一括8法案は、ひとことで言えば、雇用と賃金、労働条件を徹底的に破壊しながら、「労働力の一億総動員」「生産性向上」を至上命題として、戦後労働法制と雇用政策の大転換を狙うものです。
 この十数年、労働法をめぐり、労働契約法や個別労働関係紛争解決促進法の制定など、集団的労使関係に基づく労働条件の決定や労働基準法による集団的な労働条件の規制を後景化させ、労働条件や労働契約を個別化・民法化していく流れがありました。
 その後、限定正社員や金銭解雇制度の議論、労働契約法18条の無期雇用転換や20条の不合理な労働条件の禁止(いずれも2013年4月の施行)など、雇用破壊の流れが強く出てきました。今回の一括法は、残業代ゼロ制度や裁量労働制の大幅な拡大など、労働基準法そのものを適用除外にしたり、あるいは雇用対策法の大転換など、労働法が適用されない働き方に雇用政策を転換させる流れです。
 働き方改革一括法案は、前者・後者の両者を合わせた、戦後労働法制の解体であり大転換の攻撃です。労働者階級の状態を工場法以前に突き落とす攻撃です。そして「一億総活躍」「生産性向上」の言葉に象徴されるように「欲しがりません勝つまでは」「お国のために死ぬまで働け」という改憲と戦争の政治と一体の、労働組合解体の攻撃です。
 改憲と働き方改革一括法案粉砕へ、「11・5労働者集会/改憲阻止!1万人大行進」へ大結集しよう。