理論なくして闘いなし 闘いなくして理論なし第13回 「働き方改革」とはなにか

2019年7月31日

月刊『労働運動』34頁(0337号07/01)(2018/04/01)

理論なくして闘いなし 闘いなくして理論なし第13回

「働き方改革」とはなにか 山本志都 弁護士

3月15日、合同・一般労組全国協主催の学習会での山本志都弁護士講演を掲載します。

1 現在進行中の「雇用規制破壊」の攻撃~なぜ今なのか

 国会前は「アベを倒せ」と大変な状況です。安倍政権はぐらぐらですが、「働き方改革」は、安倍自身の野望でもあるとともに資本家が求めているもので、安倍が倒れたとしてももくろみは消えません。その意味で、私たちはこの「働き方改革」の本質をしっかり対象化する必要があります。
 今日は、第一に、「雇用規制破壊の攻撃」がどういうものとして行なわれているのか概観し、第二に、「働き方改革関連8法案」の中身に触れ、第三に、私達は何と闘っているのかについて話したいと思います。

(1)アベノミクス最大の狙い=雇用規制破壊

アベノミクス(3本の矢)

 「アベノミクス」は「3本の矢」と説明されていました。一つ目が大胆な金融政策、どんどんお金を流していく。二つ目が機動的な財政政策。三つ目が成長戦略。そして「成長戦略の柱になるのが雇用規制の破壊」と当初から位置づけられていました。
 2014年1月、世界経済フオーラム(ダボス会議)に安倍が出席した際の有名な発言が、「自分は既得権益の岩盤を打ち破るドリルの歯になる」というものですが、「既得権益の最たるものが雇用規制だ」と位置づけられていたのです。
 労働法制の基本にあるものはなんでしょう。契約というのは、理念的に想定された、社会的にはありえない、対等な当事者の間で締結されるものとされています。しかし、労働者と資本家は形式的には対等に契約を結んでいるように見えるかもしれないけれど、そんなことはありえない。たとえば、就職面接の際に就業規則は示されますか。不当な職務命令は拒否する、という当然のことを最初から述べて雇用されることがありえますか。労働者と資本家は全く異なる位相にいるのです。対等で契約を結ぶことはありえない。しかし、労働者の、本当の血と汗であがなわれた闘いの中でかちとられてきたものの一部が労働法に結実し、労働時間規制や解雇規制という形になった。それを安倍は既得権益だというわけです。「その固い岩盤を自分自身がドリルの歯になって破壊するんだ」と言っている。 

雇用規制破壊の特徴

 今回の「働き方改革」、これはまさに雇用規制の破壊なのですが、大きな二つの特徴があると思っています。 
 一つ目は、非正規雇用から正規雇用まで、働くこと全体に対する包括的な「改革構想」と打ち出されていること。これまでの部分的な「改革」とは異次元で、規制破壊論者の「クーデター」と呼ぶ人もいます。
 二つ目は、宣伝が非常に「洗練」されてきていること。「働き方改革」「一億総活躍」「同一労働同一賃金」というスローガン。耳当たりのいい言葉を広告代理店なども巻き込み宣伝に使っていく。後で見ていくように、中身は全然違うけれど、耳を引く言葉を使って、現実に希望を失っている人の気を引いていくというのが特徴です。
 例えば、電通の高橋まつりさんの過労自死を、規制破壊論者は「首を切ることがもっと容易であれば正社員がこんなに働かせられることはない。解雇ができない法規制が問題」と、転倒した論理で語ります。そういう形の宣伝に惑わされてはいけません。

(2)「働き方改革」はどこから出てきたのか

 「働き方改革」という言葉は、どこから出てきたのか。
 2015年に安倍内閣は改造され、「一億総活躍」というスローガンが打ち出された。
 そして、2016年には「働き方改革」という言葉が前面に登場します。8月に働き方改革担当大臣になったのは、加藤勝信という元大蔵省キャリア、首相の側近といわれる人です。
 9月には「働き方改革実現推進室」が設立、27日には第1回働き方改革実現会議が持たれた。安倍は「議会は嫌いだが会議は好き」と言われている人で、すでに意見が分かっている人をこういう形で集めて、自分に直属する諮問機関や会議をおき、そこで決めたことをどんどん役所に実現させていく手法をこの間ずっととってきました。
 働き方改革実現会議のメンバーは、議長が安倍、議長代理が加藤働き方改革担当大臣、塩崎厚生労働大臣、構成員として麻生、菅、石原、文部科学大臣、経済産業大臣、国土交通大臣。内閣の主要閣僚が集められた。そこに有識者が15人。いわゆる労働側は2人しかいない、その労働側が連合の神津会長です。労働法学者はいない。月1回行なわれる会議で、それぞれがレジュメを持ち寄ってプレゼンする1時間会議。そこで日本の大方針が事実上決まったかのような形がとられる。
 第1回会議の冒頭挨拶で、安倍は「働き方改革は第3の矢、アベノミクスの3本目、構造改革の柱となる改革だ」と言いました。「ワークライフバランスにとっても、生産性にとってもいいと思いながらできなかったことをやる」と。そして「同一労働同一賃金を実現し、正規と非正規の労働者の格差を埋める働き方改革こそが、労働生産性を改善させるための最善の手段だ。これは経済問題だ」と本音を吐露した。
 労働生産性というのがキーワードです。日本の労働生産性はOECD諸国の中で20位だそうです。「労働生産性を高くすることは至上命題になっています。「働き方改革」は、働く人の側から発したものではありません。安倍は毎回議長をやって、最初に話す。「しっかりと労使がここで合意形成していきましょう」「私自らが議長になり責任ある議論をしていきましょう」という挨拶をするわけですね(笑)。
 会議を経て作られたのが2017年3月に発表された「働き方改革実行計画」です。そしてこの計画をもとに「働き方改革関連推進要綱計画」が作定されました。9月8日に諮問、1週間後の9月15日に答申が行なわれているから、単に追認しただけということになります。2018年1月から開かれた通常国会の施政方針演説で、安倍は「今国会は働き方改革国会だ」と言いました。労働法改悪を一番大切と位置づけたのです。
 これは、現実が本当にひどいところにきているとことを逆手に取った攻撃だと思います。例えば過労自死とか過労死、不安定な非正規の蔓延、正規と非正規の間のとんでもない格差、「普通に生きていく」ことすら困難な現実があります。そういう現実があることをいいことにして、分断を作り出し分断を利用するというのがこの「改革」なのです。

(3)労働法制破壊の具体的中身

 まず各論で8法案の中に見る労働法制破壊の具体的中身を見ていきます。「同一労働同一賃金」、「労働時間法制」、「柔軟な働き方」、「解雇の金銭解決」、この四つのテーマを取り上げましょう。
 そして、各論から少し離れ、改憲攻撃と働き方改革の関係、2018年問題という視点から見ていきます。
 浜矩子さんという経済学者が『アホノミクスの末路』という新書で「労働者の権利がよりよく保護されるためではない。人々の基本的人権が、働く場においてより強く守られるようになるためではない。企業の利潤追求が、従業員の過重労働や生活破壊をもたらす道筋を封鎖するためではない。ただひたすら、より強くて大きい経済を実現するために、どう人々を働かせることが必要なのかを追求している。その意味で、これはまごう方なき『働かせ方改革』にほかならない」と言っています。

2 働き方改革関連8法案からみる労働法制破壊の狙い

(1)8法案とは

 今国会に提出されている働き方改革は、労働基準法、じん肺法、雇用対策法、労働安全衛生法、労働者派遣法、労働時間等設定改善法、パートタイム労働法、労働契約法の八つの法律の改定という形で提案されています。
 一つひとつの法案を見ていっても中身がよくわかりませんから、テーマごとに縦断して検討しましょう。
 そもそも「8法案一括提出」ってどうでしょう。労働法学者や弁護士の団体は、こういうやり方に反対しましたが、全部まとめて提出することに政権はこだわった。
 これと同じようなやり口は最近よく使われています。一昨年の新捜査手法という刑事訴訟法の改悪、少年法と国選弁護、今後想定される改憲提案もそうです。強い反対があるところと人によっては評価するところをくっつけて一体のものとして押し渡る。一括提出には狙いがあります。
 私たちにとっては、「働き方改革」という言葉は突然出てきたように見えますが、実はそうではありません。第一次安倍内閣時代からこの言葉が意味するものの実現は狙われていました。第一次安倍内閣ができてすぐ経済財政諮問会議を立ちあげ、「労働ビックバン」という言葉が登場。労働を爆発させちゃうんですね。ビックバンには2つ大切なポイントがあるといわれていた。
 一つが労働契約法、一つが労働時間法制です。労働契約法はこの時制定されてしまった。積み残しの労働時間法制解体は「ホワイトカラーエグゼンプション」です。強い反対が起きて結局実現できなかったから、棚上げ状態になっていたわけです。
 2012年12月に第2次安倍内閣発足した後、2015年4月には焼き直しで「高度プロフエショナル制度」という言葉を作り、同じことをもくろんだ。その後、法案は上程していたが審議はできなかった。
 その間に安倍は「一億総活躍国民会議」をやって、労働時間法制改悪を議論してきた。今までは労働法制に関する議論は厚生労働省が所管していました。しかし、厚労省がいると安倍の言う岩盤規制の撤廃は進まない、岩盤が崩れない。安倍は会議を開いて法案にする時には、経産省をかませるやり方をとる。2016年6月に「ニッポン一億総活躍プラン」を閣議決定。ここでは最大のチャレンジが「働き方改革」だという言い方をした。これがダイレクトに「働き方改革実現会議」につながったのです。こうやって振り返ってみると、10年前の2006年から安倍の野望として労働時間法制を変えていくというのはあった。それが現実化しているのが、今の状況です。

(2)労働時間規制の破壊~「長時間労働の是正」

 では8法案の中身を簡単に見ていきましょう。

労働時間と賃金を切り離す

 まず「長時間労働の是正」という言葉にだまされてはいけません。実は労働時間規制の破壊ということです。「残業代ゼロ」という言い方がされます。これは一面では正しいが、残業代を払わないという、経済的な面だけではないのです。時間と賃金の結びつきを切り離すことに狙いはある。〝一定の時間拘束され指揮命令を受ける〟ことが労働契約上ので賃金のあり方とされてきました。しかし、今回は、労働を時間と切り離して成果が上がらなかったら給料を払わなくていいという方向に持っていこうとしている。
 これは「請負」という考え方とつながります。労働契約と請負契約とどこが違うのか。請負とは、身近な例でいえば、自宅を建てる時に建設会社に依頼するようなものです。自宅の完成という成果が契約の目的で、期間や代金はこれくらいと約束する。これと違って、労働契約の目的は成果ではありません。それを時間給と切り離して成果主義にもっていくのが労働時間規制の破壊です。

8時間労働制の解体

 もう一つは、8時間労働制の解体です。1日24時間を、8時間は働いて、8時間は労働力の再生産のために使って、8時間は自分のために使う。8時間労働制は、人間らしく生きるための最低限のことだとかちとられてきたものです。そこを破壊するのが狙いです。よくそれが分かるのはこの法律条項の中にある「マンアワー当たりの生産性を上げる」という表現です。「一人当たりの生産性を上げつつ、ワークライフバランスを改善することが狙い」といっている。
 三つのポイントがあります。

①時間外労働の上限規制=長時間労働合法化、過労死容認

 一つ目は、時間外労働時間の上限規制です。しかし、これは、長時間労働の合法化であり、過労死の容認です。労働基準法には、1週間40時間、1日8時間、1週1回の休日を与えないといけないという原則があります。しかし36(さぶろく)協定、労働組合と企業、雇用主が協定を結べばこの原則をこえた時間を働かせることができるとされていて、実際は青天井になっている。規制がないのはよくないと、厚労省の告示で、原則月45時間、年360時間は特別に広げることができます。でも告示だから法的規制がなく罰則規定もない。これが現状。
 働き方改革法案では、法案の中に、月45時間、年間360時間まではいいと入れている。特例として年720時間以内(休日労働は含まず)、月数上限は6カ月、単月100時間未満で法案を作ろうとしている。安倍は「時間外労働時間の上限を作った」という。100時間未満というのは連合が合意したもの。ここに取り込むために結ばれた合意です。
 「過労死基準」という言葉を聞いたことがありますか。1ヶ月間に概ね100時間を超える、または2カ月から6カ月で1カ月当たり平均80時間を超えるくらいになっていて、一定の心疾患・脳血管の病気で突然死すると、過労死だと認められるという基準です。「100時間」というのはこの基準です。死ぬか死なないかぎりぎりの程度に働かせられるということを法律の中に盛り込んでしまおうとしているわけです。
 もう一つの問題は、長時間労働が非常に深刻だといわれている業種には手をつけないということです。新商品の研究開発など、そのプロジェクトが終わるまでは徹夜とか含んで働かされる。建設業、運転手、医師。これらについての規制は全部先送りになりました。その理由とされているのがオリンピックです。
 私も運転手の過労死事件を受任したことがありますが、昼夜問わず宅配とかあり、拘束される時間が長くて、仕事が終わるまでは休めない。常時携帯を持っていて対応しないといけない。対応するのが当たり前。過労死がすごく多い業種ですが、上限規制はつかないのです。
 それからこの時間外労働に休日労働は含まれていない。そうすると、休日を含めて年間960時間まで許されることになってしまう。
 今までは過労死について裁判で争ったりする時、この過労死基準を超えると公序良俗違反だといって会社側の責任を認める判決が出ていたが、この基準が法律になるとこれを超えたからといって公序良俗違反とまでは言えないとなりかねない。今まで過労死と認められていた人たちが認められなくなる可能性すらあるのです。結局8時間労働制というのはどこに行ってしまったのかということになる。原則と例外が逆転すると思います。

②高度プロフェッショナル制度 =残業代不払い

 二つ目は「高度プロフェッショナル制度」、「高プロ」。  これも言葉によって実態がわからなくさせられています。一言でいえば、残業代不払いということです。現在は、管理監督者になっていると残業代を払わなくていい。だけど、管理監督者と認められるには自分の働き方が決められるくらいの権限が必要です。
 管理監督者だからとして残業代が含まれていなかった人が裁判を起こした例があります。例えば銀行の支店長代理、それからマックの店長の裁判は有名ですが、管理監督者には当たらないという判決が出ています。経営者と一体化するくらいに権限がなければ管理監督者にならないとされている。だけどそれを大きく拡げようというのが今度の法案です。
 「特定高度専門業務、成果型労働制」について規制適用を撤廃すると言っていますが、このわけのわからない言葉によって、適用範囲は飛躍的に拡大されます。
 また、適用のためには、労使委員会の5分の4以上の決議、対象労働者の同意が必要だとする。労使委員会で決議が出て自分が同意すれば認めたことになると、残業代を払わないといっている。本人が同意しないなんてこと普通はできない。組合がなかったら、個人の力だけでは同意しないと言い切ることは、多くの会社で本当にやめるということと同義だったりする。そんな状況にある中で、同意を持ち込むことは「自己責任」論の極みです。
 今は、年収1075万円超える人から拡大の対象と説明されています。しかし、厚生労働省の省令で決めるとなっているので、法律を変えなくても省令をいじればどんどん拡げていくことができる。
 経団連は、ホワイトカラーエグゼンプションが提案された時、年収400万円以上の人は全部この対象にしたいと言っていた。経営側の本音は、当然残業代なんか絶対払いたくない。

③裁量労働制の拡大=固定残業代の合法化

 三つ目が裁量労働制の拡大です。裁量労働制の拡大と説明されていますが、言い換えれば固定残業代の合法化です。
 労働相談を受けていると、就業規則の中に残業代が全部決まってるケースがすごく多い。残業代として固定で5万円とか決まっていて、いくら残業しても同じ、頭打ちという仕組みです。あまりにも低額だったり、実際の残業時間とアンバランスな場合には、裁判を起こせば勝てるケースはある。しかし、その会社で働きながら争うというのも普通は難しい。だから就業規則を作ったことで、残業代を払わないで済んでいる会社がたくさんあるわけですが、裁量労働制の拡大によって合法化される。
 現在、「みなし労働時間」が適用されるのは、「専門業務型労働制」「企画業務型裁量労働制」で働く労働者です。「専門業務型労働制」とは、弁護士やデザイナー等のように、専門性が高いとされる仕事が対象で、「企画業務型裁量労働制」とは、一つのプロジェクト等を最後までやっていく研究職の労働者です。現在は、労働者全体の1・5%程度、導入している企業も12%だそうです。
 これをまた飛躍的に拡げようというのが今回の提案です。「実施管理業務」と「方針提案型業務」を加えるとされている。よくわからない言葉ですが、「方針提案型業務」というのは営業職。一定の要件で限定すると説明されているが、営業職は全国で342万人いるので、一部でも大変なことになる。国会答弁では、「契約社員も含まれる」と言われた。「仕事の中身で見るから、雇用形態は関係ない」という説明をしている。営業職の契約社員まで拡がるとなったらどこまで拡がるのか。
 今国会では、データー偽造問題で見送ることになりましたね。一般労働者に「1カ月のうち一番長かった残業時間はどれくらいか」と聞き、平均1時間37分となったので、それに法定時間の8時間を加えて9時間37分とした。他方、裁量労働労働者には、単なる労働時間を質問して、平均9時間16分。その二つを比較したというのですから、全くお話になりません(笑)。しかしこれからも出てくることは間違いありません。
 (次号に続く)