本年「復帰」47年 5・15沖縄闘争の総括

2019年7月31日

月刊『労働運動』34頁(0352号06/01)(2019/07/01)

本年「復帰」47年5・15沖縄闘争の総括―私たちの挑戦と切り開いたもの

(写真 青年を先頭に那覇市内の国際通りをデモ)

柿本 博人(沖縄労組交流センター代表)

 「復帰」47年の5・15沖縄闘争は、5月18日から20日の3日間を軸に濃密な連続闘争として闘われました。結集した闘う全国の仲間たちの奮闘に心から感謝しつつ、沖縄労組交流センターとしての闘いの総括と感想を明らかにします。

「昨年の延長線上で考えたら、情勢にぶっ飛ばされる」との構えで本年5・15闘争に臨んだ

 昨年の翁長雄志知事の急逝直後の8・11県民大会、それに続く9月県知事選挙、12月から始まった辺野古への土砂投入=埋め立て工事の開始。そして、2月県民投票と3月からの新たな区域への土砂投入という激しい攻防の中で、沖縄情勢は95年10・21の10万人沖縄県民大会から始まった地殻変動とも言うべき新たな人民反乱が、さらに「次の段階」に突入していました。
 その核心は、青年・学生、女性の決起の開始でした。さらに全世代にまたがり、世代を超えた決起が新たな闘う団結を芽生えさせていました。はっきりしていたことは、昨年5・15沖縄闘争と比べて次元を画する時代が始まっていることをはっきり示していました。
 これら新しい時代と新たな決起の根底にあるのが、辺野古新基地建設に対する怒りであり、辺野古での闘いへの支持・共感にあるということでした。この辺野古での闘いを様々な形で担っている人々が、沖縄の星野文昭さん解放の陣形を形作っており、星野さんの仮釈放を求める闘いは、辺野古闘争との結合をさらに前進させました。その象徴的出来事が、2月星野さん解放意見広告(沖縄タイムス、琉球新報の地元2紙で掲載)に稲嶺進前名護市長と糸数慶子参議院議員が名を連ねてメッセージを寄せるという画期的事態でした。
 こうした情勢の中で、本年「復帰」47年の5・15沖縄闘争の方針は、①「復帰47年」の5・18沖縄集会を、沖縄における新たな情勢と闘いの開始と一体となっていくような集会として実現すること、②辺野古現地の攻防に直接乗り込んで、共に闘うこと、この二つで新たな踏み込みを開始するというものでした。

「復帰」47年の5・18沖縄集会は、現地結集50人で、沖縄の新たな闘いの開始と一体となる挑戦権を握った

 「復帰」47年の5・18沖縄集会のメイン講師は、この間の新たな沖縄の闘いを象徴する「チーム緑ヶ丘1207」のお母さん方にお願いしました。一昨年12月7日、「緑ヶ丘保育園」での米軍ヘリ部品落下事故から活動を開始、昨年の4・18「止めよう!戦争」沖縄百万人署名運動総会に講師として招き、12・9「改憲・戦争阻止!大行進 沖縄」の結成集会でも講師を引き受けて頂きました。
 講演は今回で3回目。誰にでも伝わるようにと、新たなDVD映像を準備し、講演の始めと終わりに2本のDVDを上映。
内容は、「素朴」だが、沖縄闘争の「原点」を確信を持って語りかけるものでした。基地の「県外移設」「本土移設」論を主張するこれまでの運動のあり方とは一線を画する闘いの始まりは、今の情勢を物語るものだと感じました。
 読谷出身の糸数慶子氏には、彼女の自己史を語って頂きました。結びは「沖縄の全基地撤去と星野文昭さん即時釈放のために闘います」と。チーム緑ヶ丘1207や星野暁子さんの思いと強く結びついた内容でした。
 5・18沖縄集会には、星野絵画展参加で結集を呼びかけた新たな女性労働者が参加しました。前日昼、沖縄大学構内で星野解放集会をやりぬいた沖縄大学自治会の赤嶺知晃委員長は、新たな沖大生らの結集を勝ち取りました。また、全電通時代の労働運動を象徴する労働者や、基地の請負で働く労働者の結集をかちとることができました。
 新たな沖縄情勢の土台には辺野古現地の攻防があり、ここに沖縄における星野闘争も完全に重なり合っています。問題は、この情勢の中で、どのような態度で辺野古現地攻防に臨むのかということでした。
 確かに、現地攻防だけでは工事は止まらないのは事実です。それは、選挙でも県民投票でも同じです。そうではなくて、現実の沖縄の労働者階級の闘いの中で、辺野古現地の攻防がどういう位置を持っているかということです。「現地攻防では基地建設は止まらない。職場の闘いが重要」と言うのは、正論だとしても、それだけ行っているならば、現実の沖縄の労働者階級の闘いに背を向けることしか意味しません。県知事選39万人、県民投票42万人と私たちの存在と闘いが別の所にあるとすれば、当然、私たちこそが改めなくてはならないということです。階級的労働運動を実践するとは、こうした転換を明確にすることです。実際、私たちは、昨年からの護岸工事の本格的開始と土砂投入に対して、現地行動への参加を可能な限り追求してきました。
 5・20辺野古現地闘争は、結果的に「奇襲戦」ということで午前中の土砂搬入を阻止することができました。「169台が資材搬入、市民ら50人抗議」との5月28日付沖縄タイムス記事には、「約300人が集まった20日は、3回の資材搬入のうち1回を追い返した。大勢が集まれば工事を止めることができる」との発言が紹介されています。
 私たちは、5・20辺野古現地での決起で、辺野古現地攻防への「再上陸」を堂々と宣言しました。現段階で恒常的な現地闘争体制をとるわけではないし、とれない現実はありますが、節目節目での闘争参加をしっかり行っていくことを決意して、報告と感想とします。

5・20辺野古現地闘争―現地攻防にどのような態度で臨むのか

 「復帰」47年の5・18沖縄集会のメイン講師は、この間の新たな沖縄の闘いを象徴する「チーム緑ヶ丘1207」のお母さん方にお願いしました。一昨年12月7日、「緑ヶ丘保育園」での米軍ヘリ部品落下事故から活動を開始、昨年の4・18「止めよう!戦争」沖縄百万人署名運動総会に講師として招き、12・9「改憲・戦争阻止!大行進 沖縄」の結成集会でも講師を引き受けて頂きました。
 講演は今回で3回目。誰にでも伝わるようにと、新たなDVD映像を準備し、講演の始めと終わりに2本のDVDを上映。
内容は、「素朴」だが、沖縄闘争の「原点」を確信を持って語りかけるものでした。基地の「県外移設」「本土移設」論を主張するこれまでの運動のあり方とは一線を画する闘いの始まりは、今の情勢を物語るものだと感じました。
 読谷出身の糸数慶子氏には、彼女の自己史を語って頂きました。結びは「沖縄の全基地撤去と星野文昭さん即時釈放のために闘います」と。チーム緑ヶ丘1207や星野暁子さんの思いと強く結びついた内容でした。
 5・18沖縄集会には、星野絵画展参加で結集を呼びかけた新たな女性労働者が参加しました。前日昼、沖縄大学構内で星野解放集会をやりぬいた沖縄大学自治会の赤嶺知晃委員長は、新たな沖大生らの結集を勝ち取りました。また、全電通時代の労働運動を象徴する労働者や、基地の請負で働く労働者の結集をかちとることができました。
 新たな沖縄情勢の土台には辺野古現地の攻防があり、ここに沖縄における星野闘争も完全に重なり合っています。問題は、この情勢の中で、どのような態度で辺野古現地攻防に臨むのかということでした。
 確かに、現地攻防だけでは工事は止まらないのは事実です。それは、選挙でも県民投票でも同じです。そうではなくて、現実の沖縄の労働者階級の闘いの中で、辺野古現地の攻防がどういう位置を持っているかということです。「現地攻防では基地建設は止まらない。職場の闘いが重要」と言うのは、正論だとしても、それだけ行っているならば、現実の沖縄の労働者階級の闘いに背を向けることしか意味しません。県知事選39万人、県民投票42万人と私たちの存在と闘いが別の所にあるとすれば、当然、私たちこそが改めなくてはならないということです。階級的労働運動を実践するとは、こうした転換を明確にすることです。実際、私たちは、昨年からの護岸工事の本格的開始と土砂投入に対して、現地行動への参加を可能な限り追求してきました。
 5・20辺野古現地闘争は、結果的に「奇襲戦」ということで午前中の土砂搬入を阻止することができました。「169台が資材搬入、市民ら50人抗議」との5月28日付沖縄タイムス記事には、「約300人が集まった20日は、3回の資材搬入のうち1回を追い返した。大勢が集まれば工事を止めることができる」との発言が紹介されています。
 私たちは、5・20辺野古現地での決起で、辺野古現地攻防への「再上陸」を堂々と宣言しました。現段階で恒常的な現地闘争体制をとるわけではないし、とれない現実はありますが、節目節目での闘争参加をしっかり行っていくことを決意して、報告と感想とします。

(写真 「復帰」47年 5・18沖縄集会)