「関生魂」ここにあり!― 関西生コン支部員との交流会

2020年2月4日

(写真 11・16集会後、全港湾を先頭にデモ出発)

11月16日大阪の西梅田公園で開催された関生弾圧粉砕の全国集会とデモの後、関生支部の執行委員3人の方と鈴木コンクリート工業分会の吉本伸幸書記長との交流会が行われました。その内容を抜粋して掲載します。

吉本 鈴コン分会の吉本です。

関西生コン支部 私たち3人は各ブロックの執行委員です。

◆関生の現状とこれからの課題

吉本 実はこの交流会ですが、11月12日にドキュメント映画「棘 ひとの痛みは己の痛み。武建一」の上映会で武洋一書記長と話して、11月16日関西生コン弾圧粉砕集会後に、執行委員の方と話したいと伝えて、「俺は行けないけど、いいよ」と言っていただき、今日その場を設定していただきました。
聞きたかったのは、関生の今の現状とこれからのことです。なぜかというと、東京で関西生コン弾圧を許さない会を結成するために11月24日に準備会を行う予定でいます。そこにいろいろな方に来ていただくことにしています。関西生コンの現状がインターネットなどでしかわからないのでいろいろ教えていただきたいと思ったのです。

Aさん 僕は組合に入って20年くらいですが、執行部になるまでは組合のことはよくわからなかったんです。生コンの協同組合と94年くらいから一緒に歩調を合わせてやってきました。しかし、一部の協同組合が関生支部に敵対することを3~4年くらい前から準備していたみたいです。そして昨年から弾圧が始まったんです。
生コンの価格は競争すると、4000円も5000円も下がるんです。組合が協力すれば会社もよくなるやろうと一緒にやってきた。働いている人の生活をよくするためには、会社もしっかりしてもらわないとあかん。会社がつぶれたら泣くのは労働者やから、基本的には、会社に適正な単価で生コンを売ってもらう。適正な値段という中には、働く人の賃金、働く人が生活するのに十分な賃金、適正な人員を入れて、車も新しいのに買い換えて、プラントも故障したらいい製品を作るためにも直してもらわなあかん。当然お金もかかる。競争、競争でやられてしまうとそんなに単価は出ない。車も新しいのが買えない。労働者も正社員として雇わずに日々雇用で必要なときだけ呼ぶ。そういう業界だから。そうではあかん。まともな賃金を払うためには適正価格で販売してもらわなあかん。そういった形でやってきたのに、利益の分配となると争いになるんです。それは歴史が物語ってます。そういう形で業界をよくしようと、そこまでは労働者と企業は一致団結できることだと思うんです。ところが、利益が上がるとその分配をめぐってもめるわけです。そこらが根っこの部分です。
業界の人もわかっているかもしれないけれど、これは協同組合と労働組合が手を取り合ってやっているから、今の生コン価格を保てるんです。今、協同組合の組織率はほぼ100%になったんです。175工場が集まっています。ただ、あまりにも力が強すぎるから、そのうち独禁法とかでいろいろ起きてくると思います。

吉本 近畿圏で一番強いところは大阪広域協組ですよね。

Bさん 大阪広域協組は175工場入っているんです。パワーバランスで各企業も入れ替わっているから、裁判、動員とかかけられて、いろいろ顔色伺って付き合わされている。

Aさん アメとムチの政策だから、本来協同組合は一社一社が相互扶助で成り立っているんです。今の大阪広域協組のやり方だと「執行部で決めます。そこで決議します」と、それに反発するようなところは干されるんです。仕事を減らされて、ほんまにムチですよ。すり寄って来るところはちょっと条件のいいとこ行かしたりするんですが。

Bさん うちの会社がそうです。経営者は相当ビビッてますよ。オーナーがいて、二代目がいるんですが泣いてますよね。「わかってーな」と言うてきます。僕は前期から役員やっているんですが、弾圧が始まった時期です。「お前のところの工場から役員が出たんだからなんとかせい」と「やめさせるかクビ切るかどっちか選べ」と。そういうのもある。けれど、うちはまだ理解がまだあるんで押してはこないです。
吉本 東京の場合は、俺も生コンの運転士なんですが19年間です。その前は10トンダンプに乗っていました。俺も3年クビになっているから。生コン会社の鈴木コンクリート工業というのは、大阪住友セメント系列です。一応、埼玉中央協同組合という54社の協同組合があるのですが、そこに抗議に行っているんです。「過積載やっているのは駄目だ」とか「品質がおかしいから駄目だ」とか抗議するけれど、東京の協同組合というのは労働組合は全く無視です。「お宅さんはお宅さんのことをやっているのになんで協同組合に来るんだ」と言うんです。事務所の連中が十何人出てきて、俺らをぶん投げるんです。
生コン業界では、東京に協同組合はあるけれど、労働組合はほとんどないです。大騒ぎしているのは鈴コンくらいです。労働組合がないから、協同組合は全く言うことを聞かない。
関生がいるからアウトがいないじゃないですか。でも東京の場合はアウトがすごく多いんです。協同組合に入っていないアウトはやりたい放題です。武谷さんとも話しましたが、「関東や東京はひどいな」と言っていました。だから俺は団交で一度言ったことがあるんです。「賃金上げないというなら、俺たちが協力するから手を結ぶか。ゼネコンとかセメントメーカーに対して、組合として言ってやるよ」と言ったのですが、会社は黙りましたね。黙って下を向いて何も言えない。それが東京の現状ですよ。

Cさん 資本は協同組合の運動を広めたくなくないんですよ。名古屋はセメント業界が支配している。大阪とも違うんです。ほとんど直系工場です。臨海部に集まっている。この運動の形を広めたくないんですよ。

吉本 鈴コンの場合は、組合オルグで中小零細の生コン会社に行くんですが、生コンの運転士は「とてもじゃないけど勘弁してくれ」「ビラを受け取ったら、おやじから飛ばされる」と言って話も聞かない。結構鈴コンでやっていることは知っているんですよ。でも話は聞かない。
東京の杉並に生コンの組合で大沢生コンというのがあって、うちと共闘でやってたんですが、つぶされてしまいました。つぶされたらどうなったかというと、正社員は全部いなくなって日々雇いにされてしまった。子会社を作られてしまった。

Cさん 組合弾圧で各企業は「どっちもいらん。労働組合もいらん。協同組合もいらん」と言うんです。なんぼ精神論で「がんばろう」と言っても、子どもがいて奥さんがいて、家のローンがあってと、このままでは仕事をとられると言うんですよね。「がんばれ、がんばれ」とは言われへんし、辞めていった。いやな思いをしますよ。

吉本 霞を食っては生きていけないですからね。くやしいですよね。
もう一つ聞きたいのですが、大阪広域協組の今までの幹部の連中は、なぜ木村とか変な連中が理事に入ったんですか。

Cさん もともといなかった連中が、ここ10年くらいの間にのしあがっていった。まだ僕が車に乗っていた頃からいたんです。土建屋みたいな産業廃棄物の仕事をやっていた。商社の生き残りです。

◆大阪広域協組の実体

吉本 木村なんかがなぜ大阪広域協組をのっとることができたんですかね。

Aさん 木村というのは、宇部セメント直営の関西宇部の社長だった。その後、関西宇部でクビになっているんです。それが、協同組合ができた時に、関西生コンを敵に回すのにちょうどいいやろうということで、責任をとらすために置いている。

吉本 奴らは関西生コンをつぶすため、レイシスト団体などに活動資金として10億円を出している。でも広域協組の中小零細の社長らは「なんでそんな大金を関西生コン弾圧のために使うんだ」と言わないんですかね。

Cさん それは思っていても口に出せないのだと思います。逆らうと仕事を回してもらえない。不利益な取り扱いをされるからです。

Bさん 黙って言うことを聞いていないと仕事を干される。「おかしい」と言うとターゲットにされて攻撃される。

Cさん 今の広域協組のビルは借家なんです。それで新しくビルを建てると言い始めたんです。南港の方で探したみたいですが、建てた場合は100億円かかると言うんです。そうすると各企業からの出資金が5000万円になるんです。
うちの副社長に「自社ビル建てるのに5000万円出すんですか」と聞いたら、「仕方ない」と言うんです。だから「うまいこと言うても絶対にのっとられるぞ」と言っても「わかってる」と言うんです。わかっているけどよう言えないです。南港も便利が悪いので、市内に建てたいと言っているんですね。それでは土地も高いし、100億円ではすまんと思います。倍になると1社1億円くらいの負担になると思います。

Aさん 有無を言わさない。トップダウンですね。ホームページにはきれいなことが書いてあるけれど中は大変ですよね。ゴマをすればなんとかなると思っているんだと思います。

吉本 奴らを追い出してやろうという声は上がってこないんですかね。175工場あるじゃないですか。

Bさん 今の段階では無理ですね。連帯系といわれていた企業もほぼ向こうにいきましたからね。社長もたまたま会ったらばつが悪そうにしていますけどね。

吉本 今は声を上げられないかもしれないし、武委員長と湯川副委員長が中に入っていて、権力側は彼ら2人を出さないつもりでいると思います。でも労働委員会で勝ったりして形勢が逆転して関西生コンが力を持ってきて力関係が変わると、自分の儲けを奴らにとられて5千万円とか1億円出せと言われた中小零細の社長も変わってくると思います。

Cさん 形勢が変わったら、寝返った企業がまたすり寄ってくるやろうと思います。そこまでやらないといけない。みんなわかっているんです。

◆弾圧の中で辞めていった組合員について

吉本 ちょっと言いづらいかもしれませんが、失礼な言い方ですが、弾圧の中で抜けたり、霞を食っては生きていけない、働かなくてはいけない、関生にはいれないと辞めていった組合員もいると思いますが。

Bさん ブロックがあって80人いたところが、半減したところもある。日々雇用で仕事ができへん組合員もいる。まじめにやってくれている子らばっかりですが、「ごめん、関われへん」という人もいる。

吉本 東京の場合は、自運労とか新運転という労働者供給事業があるんです。日々雇いですが、大阪の場合はほとんどが関西生コン支部が占めているんですか。

Cさん 大阪にも自運労や新運転もありますよ。企業との窓口でやっているところはあります。そこもパワーバランスです。会社が間違ったことをしたらとことん関生はやります。

吉本 鈴コンの場合は多いときは10人以上自運労が来ているんです。それで「俺らがストライキやった時に、なんでスト破りするんだ」と言ったんです。新運転は経営者のことだけ聞くんです。

Aさん 関西も同じですよ。自運労とか新運転の組合員の気持ちというのは、たぶん「この組合に入ればとりあえず仕事ができるから」というんで、運動とかいうのはないと思います。

吉本 鈴コンは弱小組合だけど関西生コンの兄弟組合のつもりでいるんです。それで自運労の連中が「関生はもう終わりでしょう」と言ってくるから、「お前ら何を言ってるんだ。権力の弾圧だぞ」と言うんだけれど、自分らは波風を起こさなかったら仕事をもらえるから一切なにも言わず社長の言いなりです。

Bさん 自分らは働いて賃金だけもらって、酒も飲める。でも、それは関生が闘ってきたからでしょう。闘ってきたことを忘れているんです。今まで頑張ってやってきたから職なくしても日々雇用として働けるんですよ。この安心感があったんです。今、弾圧されているのはなんでやというのがわかってない。

Cさん 波風たてたら生き残っていけないからと、中小零細企業もそうだし、自運労もそういう考えでいるんだと思います。

Aさん もし戻ってきても、忘れているから。それぞれの考えがあるし。安心感が今まであった。闘って職をなくしても生きるよりどころがあった。弱い企業が生き残っていく。組合員も生き残っていく。

吉本 昨日、自運労の連中が「吉本さん、明日休みですか」と聞いてくるので、俺は「休みじゃなくて有休とって、関西生コンの全国集会のために大阪に行くんだよ」と言ったら、「吉本さん、帰ってこれるんですか」と言うんですよ。「俺が帰って来れなかったら困るのはお前たちだろう」と言ったんです。非正規の俺らは日当1万円で、60歳越したら9500円。日々雇いでなぜ定年があって賃下げだと、12月から裁判にかけて争うんです。「自運労の連中は日当1万8000円もらって、早くあがっても大丈夫だろう。関生がどうなっているか知ってるだろう」と言ったら「知ってる」と言うんですよ。大阪から来た自運労の連中もいるんですよ。「吉本さん、関生はどうですか」と聞いてくるんです。「自運労も一緒に闘えよ」と俺は言うんですよ。「そんなの無理です」と言うんです。以前は池袋の自運労の事務所に「一緒に闘え」と乗り込んだこともあるんです。「勘弁して下さい」と言われました。でも本当は「関生と連帯して闘おう」と言わなくてはいけない時だと思います。

Bさん 建交労も自運労も労働組合としての闘いができなくなっていますよね。御用組合以下になっていて、大阪で運賃の引き上げで6万円要求したストライキを設定したけれど、結局倒したんですね。

Aさん 業者の賃上げは1000円とか2000円くらいです。それができなくなったところは仕事できなくなっています。

◆「関生魂」とは

吉本 俺は「関生魂」という言葉が好きなんです。関生はこのままではいかないというのがわかっているから、協同組合の社長らが全部悪いとは言わないですよ。でもはっきり言って、あいつらをまずぶっとばさないといけないと思います。

Aさん 潮目を見ていると思います。こうやって弾圧で攻められている間は、大阪広域協組になんぼ腹立っても、お金を払わされても、声を上げられる関係ではないと思います。組合の闘いで潮目が変わった時にどんだけついてきてくれるかということだと思います。

吉本 京都地裁の武建一委員長と湯川副委員長の勾留理由開示公判があった時に、傍聴したんです。大勢の人でしたが、傍聴券が当たったんで、目の前に湯川さんがいたので挨拶して、武委員長とも握手したんです。11月12日の「棘 ひとの痛みは己の痛み」の上映会の時に、武洋一さんと会って「武建一委員長を出さないというのはわからないでもないですが、なぜ湯川さんを出さないんですかね」と聞いたんですよ。

Aさん 湯川さんは関西生コンをこれから引っ張っていくリーダーです。
Cさん 湯川さんはみんなを引っ張っていく人です。46歳ですがリーダーです。
俺も労働組合とかは何かわからないで入ったから「経営者つぶしてまえ」と思って入ったんです。湯川さんはカリスマ性のある指導力のある強力なリーダーです。

吉本 武委員長はレジェンドで存在はすごいと思います。

Aさん 武委員長は強力なリーダーで、中小零細企業も協同組合に組織したり、困ったことがあれば力を発揮してくれる人です。

吉本 今の関西生コン執行部の中で、逮捕された人や釈放されても保釈条件で関生会館に行けないとか大変な状態にある中で、団結を維持していく取り組みをされていると思います。関生の組合員の団結維持のために朝早くから会議をやっていると聞いています。執行部の人たちの今の気持ちというのを教えて下さい。

Cさん やっぱり今、委員長がいない状態で、統一的な闘いができなかったりすることもあります。方針の意志統一ができないこともありました。でもやっと一般の組合員も納得できる状況で取り組んでいます。やはり動かなあかん。やり方も変えていかなあかん。今まで50人で現場行ってやっていたことが、5~10人になったが、でもやっていることは変わらない。「あいつら変わっていないんだな」と言わせるためにも出なあかん。犠牲を出してもやる。

Bさん 僕は支部の委員長不在の中で執行部になった。委員長がおったらまた違ったとは思います。今までは、支部の中心となってやりたいというのはあったのですが、一般の組合員で段階を踏まえてやるべきことをやろうとずっと思っていたのです。ブロックの役員をやってから執行部になるとずっと思っていたのです。でも弾圧が始まった時期に、考えることは組合のことばっかりなんです。
一番最初に、身近な自分のブロックの先輩が何人かパクられたわけです。家にいてると、来る日も来る日もそういうことしか考えられない。一番しんどい時、一番辛い時に、組合に入って救ってもらったので、どないかできんか。逮捕された仲間をどないかできないかと思っていた。
その時、ちょうど役員やれへんかと声がかかった。ちょうど大会前でした。ムードメーカーでブロックの要の人間が持っていかれたことでブロック自体が沈んでいたんですよ。何かちょっと盛り上げたいと思って、役員をやり始めたんです。
僕が役員やり始めたと言っても、仕事を奪われて組合を抜けていく人もいて、どうにもできないわけです。仕事を奪われて辞めていく人もいるわけじゃないですか。わかるんですよ。だけど、そんなに厳しくは言えませんけれど、基本、僕が思うのは今までこういう日々雇用の供給事業がうまいこといっていたからできるというのが強みでした。でもそれがなくなって警察が来るし、辞めていく人間もいるじゃないですか。
でも、僕が思うのは、そんなん言うても、組合活動というのは自活闘争やと思うんです。そこまでほんまに思える人は多くない。僕は一番辛い時に支えてもろうたから、組合にこういう恩がある。だから組合活動で返すのが大事だ。僕がやっているのはそれだけです。

吉本 異議なしです。関生は遅かれ早かれ弾圧を打ち破って巻き返しが始まると思います。その時に、組合を抜けていった人たちが、「Bさんごめんな。もう一回入れてくれないか」と言われたらどうしますか。

Bさん 抜け方にもよると思います。みんなで戻ってくる人のことを話します。致し方なく去っていった人間もいると思いますが、どないかして広域協の手先となっていろいろと工作してきた人がいる。同じように闘ったのに、同じように闘った仲間に対して職を奪うことをするのかと思います。そこですよ、僕が思うのは。

吉本 俺は鈴木コンクリートで10年前に17人中15人を組織して労働組合を結成したんです。経営者から金を握らされて会社の攻撃で裏切っていった奴もいる。そして会社を辞めていった奴もいっぱいいるんです。組合を裏切って経営者についていったら、結局みんな経営者から切られていった。組合の切りくずしの中で、仲間も2人病気で死んでしまった。今巻き返しでどうしようかと思っているところがあるんです。抜け方もあるし、奴らは経営者から金をもらって組合を辞めていったんですよ。Bさんも言われましたが、俺は組合員の中でどうしようかと考えている。

Bさん それははっきり言って分断ですよね。それが狙いです。

吉本 会社に念書まで書いているんですよ。

Cさん 裏切った奴はどういう気持ちでいるのか知りたい。裏切った奴のおかげで仲間の職が奪われ、弾圧が広がっているんです。やはり総括しないといけない。
自分やったらどうするか。自分だったらこの業界去ると。もし組合が嫌で辞めたとしても、生コン業界にいようとは思わない。でも裏切った奴は組合をつぶしにかかってくる。だから戻りたいと言われたら考えなあかん。なんで裏切っていったのかということも考えなあかん。

Aさん 私も逮捕されて保釈されたんです。若干保釈の条件が緩いので、条件に合うところは参加しています。弁護士で「出たらあかん」というところもあります。どの辺までというのは向こうが決めることですよね。
僕は、ある程度ゆるめてあげて、裏切った人は許せない気持ちはありますが、労働組合だから困ってはることは放ってはおけん。でも、自分だったら戻ることはできません。事件に関することだけじゃなくて、その人のおかげで捕まっている人がいるので、裁判で証言台に立たされるわけでしょう。会社は利用価値があるから使うけれど、一旦労働組合に入った者が「わかりました」と米搗きバッタみたいにしているのならいいけれど、また手のひらを返されるかもしれない。会社も必要ないから切られるんですよ。

Bさん わかっている人、わかってない人がいる。日々雇用も労働組合があってもなんも言わないところもある。日当1万円のところもある。休みもないところもある。連帯が弱まったら働く者が切り捨てられる。

Aさん 裁判で会社側に立って証言した人はしんどいけれど、それ以外の人は考えます。

Cさん 組合を出て行った人は、向こうに寝返った時点で、「こいつは寝返ってきた奴だ」と会社も見てますし、「こいつは裏切った奴だ」と思われますよ。僕はそういう考えですよ。本来労働者はいがみ合うことがおかしいわけです。うちが嫌で抜けていった奴らは、それで固まったらそれでええと思うんです。それがでけへんのが問題だと思います。

Aさん 労働組合として人の話を聞くのも大変なんですが、こういう裏切った奴というのは、2回も3回も裏切った奴はとんでもないですが、1回目やったら労働組合やからやはり団結せなあかんと思うんです。団結してどうやって協調していくのかが一番大事やと思います。

Cさん 武委員長やったらどうするか。絶対許します。企業側でも組合員でもね。今回の弾圧は、状況が変わればまたコロッと変わるから。
吉本 俺はなぜ敢えてこの質問をみなさんにしたのかと言うと、俺も苦しんだんです。どっちかと言えば、俺も「畜生、この野郎」と思っていたんです。
ところが辞めた人間は俺にどう言うかというと「吉本さん、俺に帰って来いと言うんですか。抜けたんですよ」と。俺が「帰って来る気はないのか」と言うと、「吉本さん、俺にもう声をかけないで下さい。俺はあなたたちを裏切ったんだから。それで帰りたくても帰れないと思っている」と言われたんです。その時に、「あ、向こうもそう思っているんだ」とわかったんです。「もし戻って、もう一回裏切ったらこの業界にはいれない。勘弁して下さい」と言うんです。
だから敢えて関生の執行部の人たちに聞きたかったのは、「なんだこの野郎」となるのか、でも武委員長は恐らく許すと思う。でも労働組合は1回の間違いならまだしも、もう3回も4回もやったら冗談じゃないと思うけれど、この弾圧は激しいじゃないですか。だから敢えて聞きたかったんです。

Cさん この弾圧の中で、動揺した若い人に対して、武洋一さんが「弾圧の中でよう頑張っている」と言うんです。どう受け止めるか、組合の方針をどうするか。「1回の裏切りで許せない」とするのか、会社からもそう見られるわけで、「組合に迷惑かけて、今から頑張る」という人もいるわけです。

吉本 昨年の鈴コンの集会に、裏切って会社側にいった前委員長が来て、「裏切って申し訳なかった」と発言したんです。彼は交通事故も起こして会社からクビになりそうだったのですが、組合が彼のために弁護士も紹介して彼をクビにさせないために守ろうとしたのです。「集会で発言しなくていいよ」と言ったのに、自分から発言したのです。たとえ裏切っても、反省している仲間がクビになることに対して労働者を守ることは大事なことだと思いました。

Aさん 組合を辞めたけれど、心の中で「自分だけ出て行って申し訳ない」と思っている人もいると思うんです。

Bさん むずかしいですよ。

吉本 生意気なことを言うようだけれど、俺はBさんの気持ちはわかります。俺も苦しいです。

◆関生弾圧粉砕の労働組合を軸にした広範な運動を

吉本 もう一つ、3人に聞きたいことがあります。関生の今の現状はここが正念場だと思います。今までの50年の関生の歴史の中で何度も弾圧があったと思いますが、今が最大の試練と正念場だと思います。生意気なことを言うようだけれど、でも関生は負けないと思っています。

Cさん そう思ってやらなあかんし、1年2年かかるのか10年かかるのかわからないですが頑張らなあかんと思います。

Aさん 今回ひどい弾圧だったし、無茶苦茶でした。だけど逆に言うたら、こういう弾圧に対して、市民団体や労働組合に関係なく、僕らだけでなくいろんな人が呼びかけ人になってくれて支援組織を広げていってくれてるわけです。全国の労働組合や団体との共闘関係の裾野が広がった。

吉本 俺は組合を作って闘ってクビになり、3年かかって解雇撤回させて、2014年暮れに職場に戻ったんです。あの時、関生の体制がぐらっと変わったので「なんで変わったんですか」と柳さんに聞いたら、「若返りをするんだ」と言われました。その当時、高さんには「鈴コンは、東京生コンを作れ」と言われたんです。
関西は、関生を中心として全港湾大阪支部や全日建などが動いている。今日も全港湾は大勢で来ていましたね。
東京でこそ「関西生コン支部弾圧を許さない会」(仮称)を、関生弾圧を許さない一点で共闘する広範な運動と組織として作りたいと思います。それはなによりも関生と共に闘う労働組合を作り出すことだと思います。すでに準備会を始めています。共に頑張りましょう。

(写真 ドキュメンタリー映画 棘の案内チラシ)