私の職場高崎と小田原のストで首都圏止めたい!鈴木 喜平(きへい) (国鉄高崎動力車連帯労働組合)

2019年7月31日

月刊『労働運動』34頁(0309号07/01)(2015/12/01)

私の職場
高崎と小田原のストで首都圏止めたい!
鈴木 喜平(きへい) (国鉄高崎動力車連帯労働組合)

―どんな職場ですか。
鈴木 JR高崎鉄道サービス株式会社(TTS)というJR高崎支社の下請け会社です。会社全体は570人の職員がいますが、私が働いている籠原事業所では約80人が働いていて、年は22歳から70歳の人もいます。籠原駅が中心で深谷駅にも行きます。車両清掃が軸で、駅清掃もやっています。
 私は勤めてから2年8か月になります。日勤は、通常日勤だと9時から17時25分で、中間は11時半から20時まで、早番は朝7時20分から15時50分まで、夜勤は昼の13時半から夜の22時までとか、15時から23時半まで、でも夜勤の基本は18時から翌日の2時15分までの勤務です。私は夜勤が多いので、車通勤しています。
 1チームで2~3人が全車両を2チームで仕事をするのです。リーダーはちり取りとほうきと濡れモップを持って、真ん中はサブリーダーで乾モップ
で車両の床を掃除する、もう一人が「篭や」と言ってトイレ掃除とゴミ拾いです。ゴミ袋を持って車両を移動しながら床掃除もし、ガラス拭き、座席の方向転換をするのは大変です。グリーン車の掃除は大変です。作業時間はいろいろありますが車両は15両や10両もあります。電留線(電車を留める線)を次々と移動し仕事をしています。約10~20分でやります。番線の移動やゴミ小屋に行って分別も含む時間です。昼休憩以外はほとんど休憩なしです。
 3月のダイヤ改定以降、労働強化になりました。上野・東京ラインの開通で、超長距離運転で15両車両も増え、とりわけ伊東、熱海といった温泉地からの指定席は大量のゴミを運んできます。過密ダイヤになり、仕事量も増えました。ダイヤが乱れると本当に大変です。夏はみんな熱中症になりかけています。
 勤務体系も、例えば通常勤務、早番、夜勤、夜勤、夜勤などというシフトが組まれると睡眠時間もメチャメチャで、一睡もせず翌日働くこともありました。

―賃金体系を教えて下さい。
鈴木 TTSでは、①パート、②契約社員A、③契約社員B、④契約社員甲、⑤契約社員乙、⑥正社員、⑦JRからのエルダー社員、の7つの雇用形態があります。かなりの分断です。
 その中で、契約社員の給料体系は7等級あります。7級は月14万6000円で、手取りは12万~13万円です。普通は1年ごとに昇級して2300円くらいずつ給料が上がっていきます。私は1年契約の契約社員なのですが、パートの人は、時給870円です。女性はみんなパートです。今年、社員試験を2回受けて落ちた人が会社を辞めていきました。「将来性が見通せない」と言っていました。1日で辞める人もいて、出入りは激しいです。

―組合に入った経緯を教えて下さい。
鈴木 2年前の9月に、国鉄高崎動力車連帯労働組合(動労連帯高崎)に入りました。私は、ホンダ系部品メーカー・ショーワ本社工場で派遣労働者として働き、09年に解雇された当該で、ジェコー労組とともに闘ってきました。動労連帯高崎のことは以前から知っていました。
 動労連帯高崎に入った時には、会社は「誰が入ったのか」と捜し始めました。私が組合員になったと知った時、職場の仲間はちょっと距離を置いたように見ていました。私は最初、パートで入ったのですが、その後、契約社員になりました。ユニオンショップ制なので、一旦はTTS組合にも入りました。

―ストライキに入った過程を話して下さい。
鈴木 夏に動労連帯高崎として、団体交渉を申し入れました。①賃上げ、②3年の強制出向(外注化)を解除しJRに戻せ、③熱中症対策で人員増やせ、の3点を要求しました。すぐに回答はありませんでした。
 それで、漆原芳郎さんの10・1強制出向3年目を前にして、9月12日にストライキに入ることを通告しました。
 職場でビラまきをしたのですが、その時は職場からの反応はあまりなくて、一人の女性労働者が「本当にストライキやるの」と聞いてきたので、「やるよ。一緒にやろう」と話しました。彼女は「やるよ」といい反応でした。
 スト当日は、夜中の2時に夜勤明けだったので、 夕方から熊谷駅のストに合流して、15時からの仕事に対してスト通告し、駅で街宣しました。私も発言したのですが、休憩所の何人かが拍手をしてくれました。当局に見えない所から手を振ってくれた職場の仲間も何人もいました。団結カンパをしてくれた仲間もいました。
 職場で、賃上げと人員要求する署名をやったのですが、約10人の仲間が署名してくれました。TTS労組の人も署名してくれました。
 ストの翌日、職場の仲間が、「自分は声を出して言えなかったけれど、陰で頑張れと拍手したよ」「ホームページ見たよ」「お疲れ様」と声をかけてくれました。
 私にとっては生まれて初めてのストライキでした。最初は緊張したのですが、拍手してくれたり、手を振ってくれたりして、うれしかったです。
 11・1集会にも誘ったのですが、用事が入っていて「また声をかけてね」と言われました。地道にやっていけば反応はあると思いました。
 当局は、9月17日の団交で、ゼロ回答をしてきました。出向者をJRに戻す件については「JRが決めたことだ」と回答。「清掃現場で、時給870円、1か月10万円では生活できない。消費税も上がっている」という主張に対して「できます」と回答しました。熱中症での増員要求については、「所定時間内で仕事は終わっているので、できる」と回答してきました。
私が「現場のことがわかっていない」と言うと「籠原事業所から回答が来ている」と答えました。闘いはまだこれからです。

―これからの闘いの展望などがあれば話して下さい。
鈴木 動労神奈川や動労千葉の清掃労働者の話を聞きたいと思っています。 
 そして、なによりも動労連帯高崎と動労神奈川の清掃労働者が一体でストライキをやったら、一本でつながっている電車の清掃業務がストップする。清掃業務がストップすれば電車は止まります。首都圏の動脈の電車が止まるという展望が見えてきます。そういう闘いをやりたいと思います。

―今日はありがとうございました。

私の職場,連載0309

Posted by kc-master