理論なくして闘いなし第20回「会計年度任用職員制度」とは何か(続)
理論なくして闘いなし 闘いなくして理論なし 第20回
「会計年度任用職員制度」とは何か(続) 山本志都弁護士
ユニオン習志野主催の学習会(5月)講演「会計年度任用職員制度とは何か」を山本志都弁護士に再編集していただいた内容を掲載します。(前号の続き)
2 地方公務員法・地方自治法の改定
(1)総務省主導の改定
地方公務員法・地方自治法の改定は、総務省の主導で2017年5月17日に公布され、2020年4月1日に施行されます。議論がほとんどされないまま、拙速に衆院も参院も通ってしまった法律ですが、たくさんの問題点があります。
前述したような、つぎはぎだらけ、地方によってバラバラの非正規公務員の任用の体制を整えたいということと、政治的な行為に制限のない公務員、特別職非常勤職員が全国には20万人以上いるため、権力側からみればありうべきでないこういう身分の人をなくしたいということ、これが総務省の意図でした。その意図のまま、総務省の主導で、非正規公務員の現場の問題から発することなく、法改定が推し進められたのです。
問題点の多い法律の常ですが、参院でも衆議院でも、附帯決議がついています。参院では、①1年限定雇用の会計年度通知で、再度の任用が可能である旨明示、②任期の定めのない常勤職員が公務員制度の中心であることを確認、③現行職員の移行については適正な勤務条件の確保や休暇制度の整備を行うこと、④施行状況についての調査・研究をする、という4点について決議されています。この附帯決議の中に、逆にこの法案の問題点が浮き彫りにされています。
(2)改定の内容を4点にまとめてみます。
1つ目、1番大きな点ですが、1年限定雇用の「会計年度職員」制度を新設する。
現行の臨時・非常勤職員のほとんどをここに押し込めたいと総務省は考えています。
臨時的任用について定めた地公法22条の後ろに条文が追加されます。22条の2「1号 会計年度を越えない範囲内で行われる非常勤の職を占める職員であって、その1週間あたりの通常の勤務時間が常時勤務を要する職を占める職員の1週間あたりの通常の勤務時間に比し短い時間である者」
つまり1会計年度(4月から翌3月まで)を越えない範囲の中に置かれる職員を「会計年度任用職員」といい、その内の通常の勤務時間に比べてちょっとでも短い人が1号に該当し、パートタイム職員というカテゴリーになるというわけです。2号は、会計年度任用職員のうち、「1週間当たりの通常の勤務時間が常勤職員の1週間当たりの通常の勤務時間と同一の時間であるもの」で、いわゆるフルタイム職員です。
1号と2号あわせて会計年度任用職員。常勤職員よりも勤務時間が5分でも短ければ1号、正規と全く同じ時間でなければフルタイムの2号にはあたりません。
2番目は、特別職非常勤職員は「専門的な知識経験又は識見を有する者が就く職」として、厳密にしぼる(地公法3条3項3号)。
最初は、特別職非常勤職員は学校の校医や国政調査の調査員とかいう、特別の職だけが想定されていたのですが、それに戻す。総務省としては職種を限定列挙する方針で、現在、特別職非常勤職員として任用されている人のほとんどが外されるのではと言われています。
3番目は、臨時的任用職員はフルタイムの常勤欠員代替にしぼる(地公法22条の3)。
国家公務員の取扱いに準ずると説明されていますが、「常時勤務を要する職に欠員を生じた場合」という要件を新たに加えます。要するに、産休代替とか病欠代替に限ることとし、「常勤職員が行うべき業務以外の業務に従事する職」や「パートタイムの職」への任用は認められないとしました。
4番目は、地方自治法に手を加えて手当支給をもうける(地自法203条の2、204条)。
これが宣伝に使われました。今回の改定時にマスコミで報じられたのはもっぱら「非正規の人にもボーナスが出る」ということでした。しかし、羊頭狗肉(ようとうくにく)とはこのことです。
フルタイムの人には「給料、旅費、手当を支給することができる」、パートタイム(短時間)の人には「報酬、費用弁償、期末手当のみ支給できる」となっているのです。
パートタイムは「報酬」、つまり「職務に対する反対給付であって、生活給、生活を維持するために必要な給料ではない」という位置づけです。いわゆる日給月給で、1日当りいくらと決めて、何日働いたからいくらですとなる可能性が高い。「勤務日数に応じて、条例化すれば月給にしてもいい」となっていますが、裏返せば、条例化させないと月給として報酬を受け取ることができないのです。
また、手当は「(正規職員に準じて)支給しなくてはならない」となっているのではなく、支給してもいいよ、というだけです。
3 今回改定のさまざまな問題点
では、内容について具体的に問題点を見ていきましょう。
(1)手当を支給されれば格差が縮まる?
報道を見れば、手当支給ができるようになることによって少しは非正規の人の待遇がよくなるんじゃないかと思う人も多いでしょう。しかし、待遇改善のために、今回の改定がされたわけではありません。
●現場の努力や実績をスタートラインに戻す
組合や当事者のがんばりで、自治体に処遇改善に取り組ませてきた現場は多いのです。例えば、NPOが手当の支給状況について情報公開請求して分析をしたところ、以下のことが分かりました。
臨時職員についてみると、一時金については、都道府県では約半数が、政令指定都市では2割が支給しています。条例を制定すれば、常勤の4分の3以上で勤務内容や役割などの諸事情を考慮して手当を支給できるというのが判例です。今だって支払うことはできますし、組合の交渉の成果で手当支給をさせている自治体はいくらもあります。支払えるものを支払っていない自治体があるという現状を利用して、「手当支給ができる」というところだけを取り上げて宣伝するのは、欺(だま)しの方法です。
現場で組合が勝ち取ってきたもの、それぞれの自治体が努力してきたものが引き戻されてしまうことがあってはいけません。
フルタイムとパートタイムで差を設ける
大きな問題は、フルタイムとパートタイムを差別することを法律が許容していることです。
5分でも10分でも短ければ「パートタイム」となってしまいます。本来、労働者は同じ仕事をしていれば、同じように取り扱うべきという原則があるでしょう。時間に応じて比例的に扱うのが形式的な平等であり、手当の支給などの面で差異を設けるべきではありません。今回の地方自治法は、あえて会計年度職員を分け、「給料」「報酬」と使い分け、パートタイムについては「期末手当以外は支払わない」とすることで、パートタイムとフルタイムで差をつけていいよと法律が認めてしまったのです。
2017年7月に出された人事院の非常勤職員給与決定指針では、「当該非常勤職員の職務と類似する職務に従事する常勤職員の属する職務の級の初号俸の俸給月額を基礎として」「任期が相当長期にわたる非常勤職員に対しては、期末手当及び勤勉手当に相当する給与を、勤務期間、勤務実績等を考慮の上支給するように努める」となっており、国家公務員の場合は、一応、常勤職員の報酬月額という基準が示されています。しかし、地方公民の場合はそういう基準すらなく、格差解消をめざす理念などは全く盛り込まれていません。
建前としての入り口規制の撤廃
今までは「公務員は正規職が従事すべき、あまり非正規の人をたくさん使ってはいけないよ」という建前がありました。非正規公務員制度がつぎはぎ状態だった原因もそこにありました。
しかし、今回の法改定は一方で「公務の運営は常勤職員が中心」であるとはいいながら、「非正規の人を使い続けることができますよ」ということにお墨付きを与えてしまいました。フルタイムの非正規職員の存在が正面から認められた。それも「常時勤務を要する職」でなければいいという、任用する側の仕分けで臨時・非常勤が根拠づけられる。
民間では、5年で無期転換権が発生するという仕組みが一応ありますが、そういう手当てすら全くないまま入り口の規制だけが取っ払われることになったのです。
(2)雇用の安定につながる?
「この改定によって雇用が安定するのではないか」と思う人もいるかもしれません。
しかし、「会計年度任用職員」という名称は、「4月から翌3月」という会計年度で1年ごとに契約が切れるということが明示されています。むしろ、そのことを明示するためにこんな変な名称をつけることになったのです。
私が代理人を務めた武蔵野市の事例を含むこれまでの判例は、「期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬ」といえるような事情がある場合、それは、任用の時の経過、任用の年数、更新時のやりとり、交付された文書や協約や休暇制度・財形貯蓄などの福利厚生制度などを総合して判断されるわけですが、法的に保護される期待権が発生し、それが侵害されたことを理由に損害賠償請求を認める、というものでした。
今後はこのような判断が難しくなるでしょう。「会計年度任用職員なんだから1年で終了するということは分かっていたでしょう。自治体ごとの特殊な事情は考慮されませんよ」ということを裁判所も言うでしょう。
裁判は自治体にとって結果の予測が困難な潜在的リスクです。そういう裁判を起こさせなくするために、自治体にとってのリスクを減らすために、「会計年度」なんていう言葉がひねくり出されたのではないか、と私は疑念を持っています。
実際には、全国の自治体の4割以上で、同じ臨時・非常勤保育士を10年以上任用しているのです。消費生活相談員・事務補助員・給食調理員では3割以上で任用が続いています。非正規公務員は職場ではかけがえのない存在として業務を担っています。東京23区中14区には更新回数に限度がなく、他の区も4~9回の更新が可能であるといいます。
民間では厚労省「有期雇用ガイドライン」で「1年以上の雇用となる有期労働契約の更新は契約期間をできる限り長く」するとなっていますが、現在、任期を3年としている自治体もあります。
だとすると、「会計年度」で1年に限定されるということは、雇用を不安定にするものです。
(3)プライドをもって働き続けられる?
「非正規の人にきちんとした法的根拠を与えることによって、プライドを持って働けるようにする」という説明がされるかもしれませんが、これも全くの大嘘です。
この制度のひどさが端的に分かるのは、毎年民間でいう「試用期間」が設けられている点です。今は1年毎の任用期間であったとしても、次の年に「条件付任用」、民間でいう「試用期間」は入ってきません。当たり前です。要するに、次の年に改めて任用されているのだから、この人は職場に必要な人だと判断されたから次年度も任用されたわけです。試用期間を設ける必要はありません。
でも会計年度任用職員の場合は、1年経って、翌年度も任用されると、また1か月の試用期間が入るのです。そして11か月働いて、また次の年に任用が続くとしても、また1か月の試用期間が入ります。長く働いてきた当事者は「ふざけるな!」と本当に怒っています。
この期間は、人事・公平委員会への申立てができないなど、身分保障が弱い期間です。この試用期間を無効化させることを組合の課題として取り組んでいかなければいけないと思います。
(4)一緒に闘える?
では、バラバラだった任用根拠が統一されることによって、非正規公務員は一体となって闘いやすくなっていくのか。残念ながら、これも否定しなければなりません。
マスコミには取り上げられていない、しかし、非常に重大な問題だと考えているのが、特別職非常勤公務員の労働基本権が剥奪(はくだつ)されるということです。全国で20数万人いる特別職非常勤職員について、スト権や団体交渉権が剥奪されて、労働委員会を使うことができなくなります。
消費生活センター相談員という仕事があります。一般消費者からの商品や建築などの苦情を受けて対応し、記録し、各種専門家につないで解決に導いていくという大切な業務に従事しています。大変非正規が多い職場で、センター長以外は全て非正規ということが多い。
東京都の消費生活センター相談員、この人たちの任用根拠は特別職非常勤公務員ですが、組合を作って団体交渉をした。団交の議題として、更新回数の変更(要綱改悪)、翌年の勤務条件の問題をあげた。当然です。組合員にとっては「翌年自分はどうなるの?」が最大の関心事ですから、組合にとってもそれが一番の課題です。そしたら東京都は団交拒否。「あなたたちの任期は1年。次の年に任用されるかどうかもわからないから、翌年の任用の問題については話せない」と言って団交を拒22否してきたのです。それで、消費生活センター相談員で作っている組合は労働委員会に「団交拒否は不当労働行為だ」と申立てをした。都労委も中労委も組合勝利。しかし、東京都は、地裁、高裁、最高裁まで争い、結局、労働委員会命令が維持されました。「次の年のことも団交議題になる」ということを彼らは勝ち取ったのです。
しかし、会計年度任用職員となると労働委員会は使えません。ストライキを背景にした団体交渉もできなくなります。
総務省は憲法28条の団結権の保障の下にある公務員、という存在をそのままにしておけなかったのだろうと思います。
4 課題
この会計年度任用職員制度には、「働き方改革」関連法と同様の問題があります。
「働き方改革」といえば「同一労働同一賃金」「労働時間短縮」といった惹句(じゃっく)が出てきます。詳しくはお話しできないですが、実態が全く異なるものだということは、みなさんはご存知ですよね。
安倍が重用している世耕弘成(現経済産業大臣)は、NTTで広報戦略をやっていたそうですが、彼が書いている『プロフェッショナル広報戦略』という本があります。「2005年衆院選で小泉自民党を歴史的圧勝へと導いたコミュニケーション戦略チームの全貌が今明かされる」と謳(うた)われた本です。広告の専門家たちが耳当たりのいい言葉を使い宣伝する、これを金力と権力を使って思いのまま行っているのが、現在です。「人づくり革命」とか「すべての女性が活躍する」とか「人生百年時代」とか、できはよくないにせよ、プロの広報担当者が作り出した言葉を駆使し、本質がみえないようにする。
「会計年度任用職員制度」も「手当」に焦点を当て、「かわいそうな非正規公務員にボーナスが支給されることになる」と宣伝した。「働き方改革関連法」とやり口がそっくりです。現実が酷すぎる、それはどうにかしなきゃいけない、当事者の闘いもある、そんな中で、ひどい現状を逆手に使って、権力はやりたいことを進めようとしている。
(1)私たちのなすべきこと
現行制度と改定内容について批判的な目を持ちながら学習していくことがまず必要です。
各地の職場で、自治労などが説明会を持ったりしているようですが、「歓迎すべき改正。問題点があったとしてもクリアできる」という観点で、問題点の指摘がないことが多いようです。連合の状況をみるとさもありなんですが、私たちは、「権力側から押し付けられた法律にいいものがあるはずない」という疑いの目で改定法を見ていく必要があります。現場の声が反映されて法改正に至ったわけではないのです。
次に、今いる職員の実体把握がとても大事です。非正規の人たちの実態をあまりにも組合が知りません。人数、職務内容、任用根拠、任期、更新実態、勤務時間、手当、休暇等の労働条件、労働安全衛生、研修・福利厚生等などの現状を確認して、それが2020年4月以降少なくとも劣化することを許してはなりません。これをチャンスと悪くしてくることがあるかもしれない。それをいろいろな方法で、食い止めるために、実態把握は絶対に必要です。学習会を開きつつ、実態を共有し、当事者が不安に思っていることを出し合っていきましょう。
そうして、自治体当局との交渉の準備をすることです。一方的に決めさせないこと、月給制にするためには条例化が必要とか、条例化しなければならないポイントをおさえることです。2019年度には条例ができていなければ2020年4月から施行できません。当局は今から準備をして、2019年の議会で議論されます。議案についても研究して、議員に問題点を伝える。
(2)予想される状況
今後、予想される現場の状況ですが、まず、人材確保がものすごくむずかしくなるはずです。保育士など今も人手不足は深刻ですが、今後「会計年度任用職員しか雇いません」「試用期間を毎年入れます」といったことをやったらどうなるか。現場では人がいなくなるという観点からも反対の声が起きています。図書館司書の世界でも、「こんなひどい職場では働けない。民間に移る」と言って、有能で職場にとって大切な人たちが辞めていくことが起きていると聞きます。自治体にとって長期的な観点に立った人の配置などは行政サービスという観点からも本来大切なことのはずで、そのためには雇う側としても更新と育成を基本にするべきですが、逆行しています。
そして、2020年に向けて、また2020年以降も膨大な事務負担が発生するはずです。行政職についている方はおわかりだと思いますが、1年ごとの再任用の事務、1年毎に再任用するかどうか決めるための人事評価のための事務が大混乱するでしょう。
民間の状況ともどんどん離反していきます。本来自治体は、民間がおかしな雇用としていたり、ブラック企業があったりすれば、指導する立場にあります。民間では5年間、有期で働いたら無期に転換するという労働契約法上の制度が一応あります。パート労働法には、まがりなりにも「均衡処遇」の理念が謳われている。それにも関わらず、今回の改定ではフルタイムとパートタイムを差別してもいいということが法律の文言になっているのです。このままでは、民間の状況と公務の状況というのが乖離(かいり)していく一方です。
それぞれの現場での具体的な取り組みについて議論していただければと思います。