労働組合運動の基礎知識 第56回賃金後払いの原則

2019年7月31日

月刊『労働運動』34頁(0351号16/01)(2019/06/01)

労働組合運動の基礎知識 第56回

賃金後払いの原則(定日払い・直接払い・全額払い)

賃金後払いの原則(定日払い・直接払い・全額払い)

 全臨時労働者組合(略称・全臨労)という、私が以前委員長だった合同労組が結成されたのは1969年10月。今年は全臨労結成から50周年だ。私は1974年から関わった。全臨労が問題にしたのが、新聞奨学生制度という名の「前借金相殺」と「損害賠償の相殺」である。
 大学の入学金と授業料を貸与するので、4年間は新聞配達をする。途中でやめる場合はやめる前に全額返済しなければならない。もっと凄いのは、未集金を自己負担させる「切り取り制」だった。紙代を払わないで引っ越した読者がいると、それを自己負担させられる。給料袋に未集金の読者の切り取られた領収書が入ってる。「切り取り制」という名はここからきている。集金ができれば賃金になるが、集金できなければ賃金はマイナスにさえなる。
 労基法17条は、賃金と前借金の相殺を禁止している。「切り取り制」のような事例もあり得ないと皆が思うが、実際の話だ。全臨労はこれと闘ってきた。今でもこの制度は残っている。
 なぜこのような前近代的な50年前に問題になった話を持ち出すのか。これと似たようなことが形を変えて今でも存在するからだ。
 先日、相談を受けた労働者の雇用契約書を見ると、月給制の正社員である。しかしそれは形式に過ぎなく、実際は歩合給のような仕組みになっている。月給は、毎月その雇用契約書の通り支払われる。しかし、その内実は「仕事の完成」や「事務の処理の委託」「報酬の支払い」を前提とする民法上の請負(民法632条)の個人事業主のような扱いになっている。完成した仕事の6割を会社が、4割を労働者が受け取るかのような偽装が施される。「仕事が完成」しない場合は、報酬がゼロである。その場合は、最低賃金の時給が支払われる。例えば、雇用契約書の月給は20万円。だから20万円支払われる。しかし、最低賃金しか会社は支払うつもりはないので、裏給与明細に借金として10万円が計上される。同じ状態が続くと、毎月10万が借金になる。半年後、たまたま「仕事が完成」し、報酬の4割の仕事ができた場合は借金が減る。しかし、借金が雪だるま式に増えていく現実に耐えられない労働者は、病気になり、追い込まれ、退職していく。このケースは、前借金ではないが同じようなものだ。借金を背負せて簡単にやめられない仕組みをつくり、半強制的に働かせる手法だ。
 最低賃金しか支払われない場合は、時給換算だと生活できないから、直ぐに転職するのが普通だ。だから雇用契約上の月給は支払う。しかし、借金なので現実には半分の賃金しか支払われていないことになる。
 明確な労基法違反であり、告発すれば黒白をつけることは簡単だ。労働組合として団体交渉を行った場合は、資本の側はぐうの音もでない。しかし、こういうケースは、資本が会社ごと潰しにかかり、団交にも応ずる可能性は低い。直ちに争議になるのは火を見るより明らかだ。当該の決断があればいつでも戦端を切ることは可能だが、職場での団結づくりが当面の課題だ。

小泉義秀(東京労働組合交流センター事務局長)