時代を解く(8)サウジ・イランが断交、中東の戦争危機さらに深刻に

2019年7月31日

月刊『労働運動』34頁(0311号08/01)(2016/02/01)

時代を解く(8)
サウジ・イランが断交、中東の戦争危機さらに深刻に



 1月3日、サウジアラビアがイランに断交を宣言し、両国は一触即発、全面戦争になってもおかしくない状態に突入した。前日、サウジ政府が2011年東部地域(シーア派が多い)で起きた反政府デモの責任者として逮捕していたシーア派最高位の聖職者ニムル師を含む47人(大半はIS系と言われる)を処刑した。その夜、イランの首都テヘランでサウジ大使館焼き討ちの激しい抗議行動が起きた。サウジ政府は直ちに国交断絶を宣言した。中東の大国同士が断交状態に入ったのには、深い理由、背景がある。
※サウジ、イラン国家とは
 もともとサウジという国は、帝国主義と結びついた王制支配の形で第一次大戦後に成立し、第二次大戦後は米との特別の関係の下に帝国主義の中東支配の砦として存在してきた。石油収入を使って教育や医療はただ、支配に関係する部門以外の労働は基本的に外国人に押し付け、しかも米国製のF15や戦車で武装した軍隊を持つ国だ。
 イランは、人口約8千万人、石油輸出国として実質世界二位、歴史も古い。イランは第二次大戦後(53年~)、米と結びついていたが、79年イラン革命でパーレビ体制が倒れた時、その革命を簒奪(さんだつ)(横取り)したホメイニ体制の下、イスラム支配国家に戻った。イラン内部では労働者階級の闘いやマルクス主義的運動がホメイニの「革命防衛隊」によって弾圧、抑圧され続けてきた。だが、イラン革命は「反米」であり米帝の中東支配を揺るがす大きな衝撃となった。これが中東全域に広がることを恐れた米は、それ以後あらゆる手段でイランを敵視し封じ込める政策をとってきた。
※米が中東政策を転換
 だが昨年7月、米はイランとの「核合意」締結という形で関係修復に動いた。イランが自国の原発で核兵器用ウラン濃縮をやらない約束と引き換えに、経済制裁を解除するという内容。EU諸国や日本も対イランの関係回復に動いた。米にとっては軍事外交政策における大転換である。米帝の力が歴史的に凋落(ちょうらく)したことからこうした「危うい」政策が生まれてきた。
 イランの核武装を恐れるイスラエルは反対し、米・オバマを非難している。それ以上の危機感で米に反発しているのがサウジである。サウジにとって対立関係にあるイランとの米の関係回復は、サウジが見捨てられることを意味する。イランは、シーア派系の民衆の反乱を組織してサウジの王制を揺さぶってきた対立国家である。イランの側にバランスが傾くなら、サウジにおけるサウド王家の支配が崩壊しかねない危機、イラクやシリアのように国家崩壊に陥る危機も現実的になってくる。追い詰められたIS(イスラム国)が、サウジを戦場にして生き延びようとする可能性も高い。
※恐慌下、世界戦争の導火線に
 石油収入に依存したサウジ経済は破綻的状態に入っている。米がそれを促進している。原油価格が低落してもサウジは減産で対抗できない。世界大恐慌が背景にあるからだ。原油生産は過剰だが、需要は減退している。イランが制裁解除で原油輸出を増やせばもっとだぶつく。サウジは、中東全体を戦乱に引き込んでも原油価格を引き上げるという絶望的な方策しかない。中東の混乱はあらゆる意味で、世界を破局に引き込む導火線となりつつある。
 藤村 一行(動労千葉労働学校講師)