闘いなくして理論なし第16回 アメリカで教員ストの巨大な広がり
理論なくして闘いなし 闘いなくして理論なし 第16回
アメリカで教員ストの巨大な広がり
低賃金と公教育破壊に「もう限界!」
小島 江里子(動労千葉国際連帯委員会)
動労千葉国際連帯委員会の小島さんがアメリカ教育労働者の闘いを報告してくれました
◆ウェストバージニアの闘いが示した労働者階級の巨大な力
今年の2月下旬、〝トランプ州〟と言われるウェストバージニア州で、全州55郡のすべての公立学校を閉鎖した教育労働者のストライキが行われた。最初は、州議会の賃金破壊、医療保険改悪、公立学校への資金激減に対する抗議のウォークアウト(職場離脱)の呼びかけで2月22日に始まったが、保護者や生徒、コミュニティーの人びと、ほかの職種の労働者の支援も受けて、授業日9日間を貫く2週間に及ぶ長期ストに発展した。
同州では労働者の組合組織化を阻む〝働く権利法(注)〟が導入されており、公務員のストは禁止されて解雇の危険を伴う。それも覚悟で、2万人を超える教師と1万3千人以上の学校スタッフが「違法スト」に突入し、首都チャールストンの州議事堂前に連日押しかけ、高まる公教育の危機を訴えた。スト集会では、労働者の誇り、尊厳への攻撃に「リスペクトを!」のプラカードが林立した。
(注)2012年12月にUAW(全米自動車労組)の本拠地ミシガン州で成立した法律で、労組加入しない権利を労働者に認める、労働組合の弱体化を狙った法律。現在28州で成立している。
ウェストバージニアのストライキが成功したのは、組合の動員ではなく、一人ひとりの労働者が自ら起ちあがるための詳細な計画と綿密な組織化があったからだ。昨年、州政府が新たな教育破壊・教育労働者攻撃の計画を発表したことで、「もう我慢の限界!」という思いがすべての教育労働者に芽生えていた。チャールストン市の中学校教員ジェイ・オニールがフェイスブックのグループをつくり、会員だけの非公開のSNS上で徹底した討論を交わし、同時に各学校、各地区、各郡で小さな会合を開いていった。そこでの参加者が組織者となり、大量のリーダーを生み出していった。地道な討論とソーシャルメディアを活用した新たな組織化の成果だ。
◆燎原の火のごとく広がる労働者の反乱
ウェストバージニアの教育労働者たちは、組合執行部のスト中止指令にも従わず違法ストを続行し、要求を貫徹して州議事堂で勝利の歓声をあげた。ケンタッキー州の農村地域で社会科を教えるジョンは、公教育がどんどん荒廃していくことに強い怒りを感じていたが、何もできずにいた。だが、「今回初めて、僕はその怒りを声に出し、起ちあがって行動に移すことができた。ウェストバージニアの教師たちが連帯して闘う姿は本当にすばらしく、共通の目的のためにはあれほど多くの人たちが団結できるってわかった」と語った。「こんなことが可能だと、ウェストバージニアが全米のみんなに教えてくれたのよ」と、ルイビルの教師ケルシー・コッツは、自分たち労働者の力に気付かされたことを興奮ぎみに語っている。
ウェストバージニアのストライキは、同じような劣悪な教師の労働条件と公教育への資金がどんどん減らされていく中にあるケンタッキー州、オクラホマ州、アリゾナ州、コロラド州、ノースカロライナ州へと燎原(りょうげん)の火のごとく広がっていった。ストライキに突入したこれらの州の学校教員の賃金水準は、全米50州のうちの最低ラインである。そのうえ、健康保険や年金制度などが年々大幅に改悪され、また教育現場への資金も激減され続けて、生徒の教育環境も最悪だ。「教師が生活できなければ生徒に十分な教育ができない」と、生活可能な賃金と劣悪な労働条件の撤回を求めて、教師たちはストライキに起ちあがった。ケンタッキー、オクラホマ、アリゾナの教師たちは、闘いの只中のウェストバージニアのリーダーたちと連絡を密にとり、同じようにフェイスブックのグループを立ち上げ、何万人もの会員を集めていった。
◆「スト=違法=解雇」恫喝を跳ねのけランク・アンド・ファイルがスト決行
オクラホマでは、〝オクラホマ教員ウォークアウト―今がその時だ!〟と称したグループが呼びかけ、州統一テスト当日の4月2日、全州ストに突入した。オクラホマではもう数年前から、20%以上の地域で、資金不足のため週4日しか学校が運営されていない。教師たちは休日となった3日間で、生活資金の不足をダブルワーク、トリプルワークなどして補てんしている。低賃金のために次々に教職員が辞めていき、その穴埋めには、教員資格を得るための教育を受けていない「緊急教員」を採用していた。全州の学校を閉鎖して行われたストライキでは、州議会議事堂前で多数の人たちが結集して抗議の声をあげ、州議会の議員を議事堂の中に閉じ込めて、要求をのむよう闘い続けた。
ネーマ・ブルーアーは、〝#KYユナイテッド120ストロング〟というフェイスブックのグループを立ち上げて、ケンタッキーの教育労働者ストを全州に呼びかけ、会員は3万2千人にも達している。「私たちの労働組合(KEA=ケンタッキー教育協会)の執行部はあまり戦闘的ではないの。私たちはもっと戦闘的になり、もっと団結を強めなくてはならない。団結を強化しなければこの闘いには勝てないのだから」。ネーマはごく普通の教師であり母親だ。鉱山労働者だった父親が年金問題で闘っていたので、2年前にその闘いに関わるようになって、州の政治的な問題にも関心を持つようになった。「でも、今までこんなふうに関わったことは一度もないの。私は10歳の息子がいるお母さんで、ビールが好きだし煙草も吸う。それによくわめき立てたりもする。労働運動のオルガナイザーでもなんでもないわ。ものすごく怒っている母親にすぎないけど、権力を握っている人たちに踏みつけられっぱなしなのには、本当に我慢の限界に達しているの」。
アリゾナ州では、州知事が「20%の賃上げ要求を受け入れる」と発表し、州の教組AEA(アリゾナ教育連盟)がスト終結を口にしたが、翌日の州議会が予算案の決議を日中に行えず夜までもつれ込んだことから、ランク・アンド・ファイルが「スト続行」を決定した。「スト=違法=解雇」という当局の恫喝にもかかわらず、圧倒的多数の教育労働者が職場に戻らない決断をしたのだ。現場の教師の要求は、20%賃上げだけでなく、学校予算の大幅増額であり、それを州の税制の抜本的な変革―金融部門を始めとした大企業への増税―に基づいて行うということだ。たとえ学校予算が増額されても、税制の変革なしでは、結局、別の所で緊縮が行われるだけだということが、ランク・アンド・ファイルの運動の中で強調されている。
労組の組織率が低いことで有名なノースカロナイナ州で、5月16日、115学区のうち少なくとも42学区で全学校が閉鎖され、30万を超える教師や支援者が首都ローリーの州議事堂前に結集した。州当局は「裁判所にスト中止の仮処分命令を出させる」と言っていたが、それを蹴って教師たちがストライキをやるという勢いがあったので、スト中止命令の無力化が白日の下にさらされることを恐れ、裁判所にそのための請求ができなかった。「私たちはもう我慢の限界を超えたの。今こそ州議会には、公立学校を支援する私たちの力がどれほどすごいか、見せつける時がきたのよ。ノースカロライナの教師たちは、子どもたちのために闘う力があることをわかり始めてきたんだわ」と、ジョイナー小学校の幼稚園教諭のクリスティン・ベラーは語った。
◆私たちは子どもたちの未来のために闘う!
いずれの州でも、州議事堂前に集まった教育労働者たちは、赤いバンダナ・Tシャツ姿で、「子どもたちに十分な教育を!」「教育にちゃんと資金を出せ!」「子どもたちを救おう!」などのプラカードを掲げてピケットラインに立っている。「私たちが生活のために起ちあがるのは、生徒を守るため」
教師たちが激しく訴えているのは、公立学校の極限的なまでに荒廃した教育環境だ。大企業や高額収入者の大幅な減税でつくり出された超緊縮財政で、公立学校の校舎や設備はボロボロ、教師の数は常に不足状態でクラスの人数は膨れ上がり、10年以上も同じ教科書を使用しているため、内容は〝ジョージ・ブッシュ大統領〟のままで、破れた個所はテープで補修され汚れがひどい。コロラドの集会では、「学校予算を正常化し、企業や富裕者の税軽減をやめろ!」と叫ばれた。
オクラホマ州タルサ市の小学校でリーディングスペシャリストとして子どもたちに読解スキルを教えるバーバラ・クリスプは、空っぽの本棚の大きな写真を首からかけてストライキに起っていた。「私が学校で働き出した時、本棚には教材となる本がまったく並んでいなかったの。これがその本棚よ。コミュニティーで集めてくれたカンパや、人びとが個人所有の本を提供してくれて、なんとか教材にしている。だけど、そんなのおかしいでしょ。州は十分な教育基金を出して、きちんとした教育システムを確立しなくては」
「教師になった19年前には、自分がダブルワークをするようになるなんて夢にも思わなかったわ」と、ウェストバージニア州ハンティントンの小学校教師レベッカ・ダイアモンドは、休日にハンバーガーショップのハーディーズでレジ係をしている。「そこでの収入は、子どもたちの教材や文房具を買うために充てているの」。
◆これは教育戦争だ!
「ケンタッキーでは、公教育破壊の攻撃があからさまに行われている」と、ネーマ・ブルーアーは言う。「教育の民営化は明らかに政府の方針だから、全米で教育資金のカットやチャータースクール化がやられている。州議会はあらゆる手段で公立学校を破壊し続けて、学校を立て直すには民営化しかないという論理でチャータースクールを推進している」。
ケンタッキー州の退職教員ミッキー・マッコイは、デモクラシー・ナウのインタビューでこう語った。「このストライキは、単に年金問題でも健康保険の問題でもない。教育戦争だ。州知事マット・ベビンはこの教育戦争の軍司令官で、公立学校をすべてチャータースクールにしようと激しく攻撃をかけている。そういう教育を確立できると思っているのだ。国が育てたい子どもたちを選んで教育し、貧しい子どもたち、障害のある子どもたちは排除する。これが推し進められたら、持てる者と持たざる者がはっきりと分けられた国になってしまう。この教育戦争に、私たちは絶対に勝たなければならない」。
◆女性たちのリーダーシップで労働運動が新たな段階に
アメリカの公立学校の教員は80%が女性だ。ミレニアル世代(1980年前後に生まれた世代)の女性が中心に組織したストライキが社会に問いかけたのは、単に給与や労働条件の改善のみではなく、社会の在り方そのものだった。二大政党制で動かされる政治に挑み、教育上の闘いを民営化との闘いへと高め、労働者階級の力を新たな段階へと引き上げた。〝働く権利法〟が施行されている州で、この法律を破ってでもストライキをやって闘うべきだということを示した。
「資本主義は教師を必要とするが、教師は資本主義を必要としない」─彼女たちはストライキでこのことを実感した。
◆団結と組織を固め闘えば必ず勝てる
アリゾナの教員ストライキを呼びかけた〝アリゾナ・エディケーターズ・ユナイテッド〟の教師たちは、闘いを終えて次のように語っている。
「正義のための闘いであれば、そして労働者の組織ができていれば、どの州であろうと、どこの国であろうと、真の改革は成し遂げられる。団結を固め、しっかりとした組織のもとで明確な戦略を立てれば、必ず勝てる。アリゾナ州で私たちが攻撃されていた事柄は、全国の労働者階級に共通のものだ。私たちは、政府に搾取され、利用されてきた。過重労働に低賃金で、長い間ごくわずかなものだけで生き延びてきた。しかし、私たちは〝もう我慢の限界だ〟と起ちあがった。労働者階級にとって、〝もう耐えられない"という瞬間が必ず訪れる。アリゾナの教育労働者が決起して反撃できたのだから、誰でも同じことができる」。