産別・戦線の闘い第16回 教育労働者の闘い なぜ朝鮮半島は分断されているのか

2019年7月31日

月刊『労働運動』34頁(0342号07/01)(2018/09/01)

産別・戦線の闘い 第16回 教育労働者の闘い

知っていますか? なぜ朝鮮半島は分断されているのかを

原田章弘(朝鮮人強制連行調査団日本人側協議会・共同代表、元三浦半島地区教組書記長、元横須賀市会議員)

 7月29日に神奈川県横須賀市で行われた教育労働者集会の講演の要旨を転載します。(寄稿)

 朝鮮人強制連行真相調査に携わってきたが、改めて世界史的にものを見なければということを思い知らされた。以下、口述した内容に加筆修正して原稿としたい。

1 朝鮮の「祖国解放戦争勝利記念博物館」についてPPT視聴

 始めに2013年と2017年に訪問参観した、いわゆる「朝鮮戦争勝利記念博物館」の展示物をPPTで見ていただいた。朝鮮では、「朝鮮戦争」とは言わず、「祖国解放戦争」と呼ぶ。私は2013年、祖国解放戦争勝利60周年の記念集会・平和集会に参加した。新装した博物館には、加害の責任を感じながら「必ず見るべきだ」と仲間を誘って2017年にも再訪問・参観した。当時の生存者が語る証言を聞きながら、私も自身の経験を語り継がなくてはと感じている。私はこの生存者より2歳年下の当時4歳。記憶にあった当時の米兵の行動を報告した。
 本題のテーマに移って、最初に、「朝鮮半島の平和に、日本は歴史的責任を果たす必要がある」と指摘した。
 それは、第1点目、朝鮮戦争への参戦国としての責任だ。戦前からの海軍軍港として、横須賀貝山には重油タンクの残骸があり、そして久里浜港は副港として補給基地であって、現在の久里浜中学校から港までの間にCPC倉庫があった。ここは巨大な兵站基地であった。
 これが朝鮮戦争でも活用されたのだ。半年で日本人犠牲者が56人もあったことを含め、参戦自体が1998年まで公表されておらず、殆どの日本人は参戦国とは認識していないだろう。
 まず、参戦国として朝鮮、韓国、中国、米国、そして日本が4・27合意を積極的に捉え、終結作業に関わるべきだと指摘した。

2 アメリカの覇権奪取野望

 2点目に、朝鮮半島を植民地支配した歴史の責任を果たさなければならないとした。8月4日横須賀は「開国花火大会」が催される予定であり、7月14日には久里浜でペリー上陸を記念して花火大会が開催された。
 だが、このペリー来航の目的は何だったのだろう。日本の鎖国政策をやめさせることや日本の民主化が、その目的ではなく、あくまでも狙いは中国。「サンフランシスコはチャイナへの窓口」と呼ばれていたように、巨大な中国市場・資源が狙いで、日本への寄港は寄り道なのだ。
 すなわち18世紀中盤~19世紀は西欧を中心に植民地獲得競争が行われている。アメリカは南北戦争で後れは取ったものの、アジア進出で覇権を握りたいとの野望を持っていた。その矛先は朝鮮半島から中国へと向けられた。

3 大日本帝国のアジア侵略野望

 明治以降の大陸政策の基本は、アジア蔑視・西欧先進国への仲間入りだ。福沢諭吉は、「武力をもって朝鮮を保護し、文明国へ誘導しなければならない」(『時事小言』)と言った。さらに犬養毅は、1894年5月衆院本会議で、「世界で一番弱い国はと言えば朝鮮である。世界で一番卑しい朝鮮に向かって、強硬策が取れなくて、どうして条約改正など出来ようか」と、過去10年間の対朝鮮政策を巡って首相である伊藤博文を糾弾。さらに新渡戸稲造は「政治的に無能力で、経済的にも自立できず、知識欲もない朝鮮民族のような女性的で薄弱な国民は(中略)……朝鮮という死せる国を復活せしめる(後略)」などと。
 この明治期の思想家の見解と軌を一にした政治の動きが朝鮮半島を巡って表面化。それが「利
益分割線と主権線」という考え方である。
 1890年第一回帝国議会で山縣有朋の施政方針演説で、「主権線と利益線の確保」が叫ばれた。そしてそれは、朝鮮半島にあると述べている。
 1894年の「東学党の乱」では、大韓帝国政府は清に出兵を求め、求められていない日本も出兵。まさに日清衝突という時に、英が「半島を南北に分けて駐屯すればよい」との案を示している。同じ年の日清戦争の結果、下関講和条約で日本は遼東半島を割与されるが、露仏独によって翌年、三国干渉が行われる。干渉は自国の利益線に関わっての行動だが、日本は受容せざるを得なかった。38度線を延長すると英の威海衛と、露の大連・旅順という渤海湾上の利益分割線である
 1902年の日英同盟で英の清支配、1905年の桂・タフト密約で米の比支配を認め、日本の朝鮮支配を英米に認めさせている。まさにアジア民衆を踏み台にし、欧米列強の支配の尖兵を担って、日本は植民地を獲得し「侵略戦争への道」をまっしぐら。

4 38度線は英露の大陸における利益分割線。南北分断の責任は日本にある

 1945年の日本敗戦時。単一不可分な民族が一体、なぜ二分されたのか。対ソ戦に備え、半島北部は関東軍が、中・南部は大本営が対米戦に備えていた。日本軍が軍事上の都合で分割していたので、トルーマン回顧録によれば、「38度線は日本の武装解除にあたって、米ソの担当地域を分けるための軍事的分界線」と述べている。38度線は、日本軍を武装解除する便法であり、国際会議で決められたものでもなく、また、何らの法的根拠もなかった。ソ連軍の責任者もまた、同様に「38度線は、米ソ両軍の進駐の境界とするだけで、政治的意味はない」と述べている。「便法である」「政治的意味はない」と言われながらも、押し戻したにせよ朝鮮戦争の結果、「分断」は現実であり、その直接の原因は、日本軍の南北に分断しての軍事支配だったのである。
 本来、無条件降伏を受諾した日本が分割支配されても、おかしくないにも関わらず、朝鮮の分断で、日本は分断を免れたのであり、南北分断は日本の責任と言っても過言ではない。

5 まとめ

 最後に、38度線とは、「①大国の利益分割線である、②侵略の尖兵を担って半島を支配、③日本の植民地支配・軍事都合で38度線で分断、④東アジア世界においてアメリカが同盟国を縛り覇権を維持している、⑤米の世界覇権と資本主義体制の安定」という戦略的利益のために、必要条件とされたと言えよう。