連載・職場における労働法と諸制度を考える 第6回 職場闘争と労働基準監督署の活用
みなさん、労働基準監督署に行ったことはありますか。労働基準法第11章は、労働基準法の違反などに関して監督機関の規定を定めています。
監督の仕組みは、国の直轄機関として厚生労働省労働基準局→都道府県労働局→(管内)労働基準監督署があり、これらの機関には労働基準監督官が配置されています。
都道府県労働局長、労働基準監督署長などのポストは、労働基準法によって専門職員として独自に採用された労働基準監督官であることが要件となっており、その罷免には労働基準監督官分限審議会の同意を必要とします。これは、強力な監督権限を持つ監督官の資質の保障と、政治的圧力に左右されない身分の安定のためとされています。
労働基準監督官については、2013年に竹内結子が主演した連続テレビドラマ『ダンダリン/労働基準監督官』で描かれました(原作は漫画)。
ドラマ初回は悪質な会社社長を監督官が逮捕する話で、賃金未払いやサービス残業は刑事罰が適用される犯罪であり、監督官が逮捕権を持つことも広く知られることになりました。
新型コロナウイルス関連で労基署には、労基法違反の申告や相談が激増していると思うのですが、この間、私が何度か訪問した限りでは結構空いています。雇用調整助成金の窓口である労働局やハローワークは混雑していますが、労基署は必ずしもそうではなく拍子抜けです。
労働基準監督署には、監督・安全衛生・労災補償などの部署があります。
「監督業務」は、労働条件の最低条件を定める労基法や労働安全衛生法などの実効性を確保するため、監督官が、立入権限などを活用した監督指導によって、法違反の是正を促し、迅速に労働条件の確保を図るとされています。重大・悪質な事案は司法処分も可能です。
「安全衛生業務」は、労働者の生命と健康を守るため、労働安全衛生法の規定に基づき、事業者が労働災害を防止するための具体的措置を実施できるよう、専門技術的見地から行政を展開します。
「労災保険・徴収業務」は、使用者の災害補償責任を担保するための制度である労災保険の適用促進や徴収、給付などを行います。
依存・期待は危険
労働基準監督署は、〈職場闘争や組合の団結強化のために利用する〉というスタンスがいろいろな意味で大切だと思います。依存したり過度に期待するのは危険です。
そもそも窓口に座っている相談員はほぼ監督官ではありません。大半は、非正規職員(約6割!)であり、民間企業の総務・人事経験者の定年退職後の再就職や社会保険労務士です。「窓口に来た労働者を体よく追い返すのが仕事なのではないか」と思うような人物が結構います。
私の個人的経験では、ある団体交渉の場で、会社側から「労基署に相談に行ったところ、解雇予告手当を支払えば解雇は問題ないと聞いた」とドヤ顔で言われ、団交終了後、そのままタクシーで労基署に乗り付けて、抗議に行ったこともあります。
労基署の窓口は、解雇など判断が難しい案件は受け付けないか、あっせんなど他の解決手段を勧めてきます。セクハラやパワハラを相談しても「労基法違反ではないので対応は難しい」と言われます。
賃金や解雇予告手当の不払い、36協定違反の時間外労働、最低賃金を下回るなど、明確な法令違反であれば、証拠をもとに申告すれば、監督から是正勧告へと動く可能性はそれなりにあると思います。
近年は、相談数が激増して、実際問題として対応しきれない実情があるようです。監督行政は、〝通達行政〟ともいわれ、厚生労働省の行政通達を基準・根拠に処理されているのが実態です。
ドラマ放映後、労働者の味方を求めて労基署を訪れた人が「(ドラマ主人公を演じた)竹内結子はいないのか」とつぶやいたなんて話もあるようですが、ほとんどの監督官は官僚的な対応に終始して、使用者から「労働者の味方か?」、労働者からも「使用者の味方なのか?」と言われているのが現状です。
救いを求めて労基署を訪れ相談員の素っ気ない対応にショックを受ける労働者も少なくありません。労基署にとどめを刺されて、メンタルヘルスになる話もよく聞きます。
職場闘争の戦術
とはいえ職場の労働基準法や労働安全衛生法の違反と闘うことは、労働組合の基礎的な活動であることは間違いありません。職場闘争と結びついた労基署の活用は、あってしかるべきだと思います。労基署に談判に行くことも経験の一つです。
上述のように、相談ではほとんど相手にされません。はっきりと違反事実をつかんだ上で、是正を求めるか(申告)、違反者の処罰を求める(告訴・告発)のが有効です。まずは相談員ではなく監督官を引っ張り出さなければなりません。相談案件として処理されると、うやむやで終わります。
申告は、文書でも口頭でも可能です。組合で労基署長宛で文書を提出し、回答を求めればなお良いと思います。申告を受けた監督官は、臨検(申告監督)を行うことになります。そこで法令違反が認められた場合には、その是正のための行政指導を行います。法令違反は「是正勧告、改善が必要」と判断された時は、指導票を交付します。
職場のみんなで押しかけるとか、団体交渉と組み合わせるか、職場闘争の戦術として、活用は可能ではないかと思います。
労働基準監督署には、労働安全衛生法の規定に基づく「産業安全専門官」「労働衛生専門官」が存在します。職場の安全衛生に関しては、専門官に対して労働安全衛生法に基づく行政指導を要求するのも手です。
白井徹哉(合同一般労働組合全国協議会 事務局次長)『月刊労働運動』6月号掲載