理論なくして闘いなし 第17回改憲阻止闘争とは

2019年7月31日

月刊『労働運動』34頁(0341号09/01)(2018/08/01)

理論なくして闘いなし 闘いなくして理論なし 第17回
改憲阻止闘争とは

山本志都弁護士

国鉄闘争全国運動東京東部の会主催の憲法問題連続講座第1回(6月12日)の山本志都弁護士の講演を2回、掲載します。

 改憲阻止闘争についてお話させていただきます。率直なところからはじめたいと思います。

1 「改憲問題」に対峙したときのもやもや

 改憲阻止で「憲法を守れ」とよく言われるわけですが、すなおに「そうだ」と思えない方、違和感を感じられる方もいるでしょう。その違和感がどういうものなのか大切にしながら、「憲法改悪を推し進めようとしている。今の流れはおかしい」と思う私たちが、何をめざし、どう取り組んでいったらいいのかを皆で考えていけたらと思います。
 日本国憲法は、法学部で皆勉強する法律です。六法全書では最初に日本国憲法が載っていますね。憲法は法律の中で「最高法規」と位置づけられており、最高法規に違反した法律は違憲だという意味で、全ての法律の基準になっている。とても大切な法律であることは確かです。
 私たちもいろいろな裁判で、今の法律をそのまま適用すると救済がなかなか難しいという時に、「憲法に従って考えたときには正しい」と主張することがあります。司法研修所では「憲法が出てきたらその裁判は勝ち目がない、筋が悪い」というようなことを裁判官から言われました。しかし、裁判の勝ち負けというのを超えたところで違憲の主張をすることはとても大切なことです。裁判所の中で使える武器は法律しかないわけで、法律にどう切れ味鋭く迫っていくかという時に、憲法を文字どおりの「伝家の宝刀」として使うわけですね。
 今、憲法が変えられようとしている。戦争をやる、戦争をやる国にするという姿勢をみせるために、国の在り方を変えることを、内外に向けてアピールするために憲法を変えるという話が出てきているわけです。私も、「だから絶対に改憲は許せない」という気持ちです。

 でも、一方で、「今の憲法は守るべきものなのか」という疑問も根本的には持たざるをえません。
 憲法第1条に天皇制が出てくる。日本国憲法は国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3
大原則と中学校で習います。しかし、日本国憲法は天皇について定めるところから始まる。
 国民主権は、条文で定められているわけではなく、前文で展開されているのだと解釈されています。差別の根源である天皇制が第1条に謳われている憲法を守れ、と自分は言うのだろうか、そういう立場に立つのかを考えてしまうわけです。
 「日本国憲法は世界に誇れる素晴らしいものだ」という言い方もよく聞きます。「9条にノーベル平和賞を」という運動もあるようですね。確かに9条のような戦争放棄、軍隊を持たないことを明記している憲法は、当時としては先進的なものだったと言っていいのでしょう。しかし憲法によって平和が守られてきた、平和だったなどと私たちは言えますか。
 例えば沖縄。沖縄を犠牲にしながら本土の中で一見「平和」を維持してきた。朝鮮戦争やベトナム戦争の前線基地になり、アジアにおける戦争の一翼を担ってきた。日本の軍隊が他国の兵士を殺すことはないということだったかもしれませんが、それを「憲法によって守られてきた平和」と言っていいのだろうか。「何かごまかしがあるんじゃないか」と、私は思います。
 今何が問題になっているのか対象を明確にすること、改憲によって何が狙われているのかを見抜くこと。さらに、憲法を条文として勉強して「憲法というのはこんなに素晴らしい」と言っておしまいにするのではなく、憲法を政治的・社会的な状況の中で見ていくことが大事だと思います。
 日本国憲法は、敗戦直後の国際的・国内的なかけひきや複雑な状況の中で作られたものです。「憲法は政治の子だ」と言われます。私たちは、日本国憲法がどういう状況の中で作られたのか、どういうものとして日本の社会の中でとらえられてきたか、その上で、改憲阻止の闘いをどう立てていったらいいのか。こういう順番で考えていきましょう。

2 自民党改憲案について

 今問題になっているのは自民党の改憲案です。その中身を点検してみましょう。抽象的に考えるのではなくて、今問題になっているものがどういうものなのかを考えることが重要だと思います。

(1)自民党大会での改憲素案

 今年3月25日の自民党大会で改憲素案が発表されました。四つのポイントがあるとされています。一つは9条、二つめが緊急事態条項、三つめが参院の合区解消、四つめが教育の充実です。問題は、9条と緊急事態条項です。
 皆さんもご存じだと思いますが、2012年に自民党の「憲法草案」が発表されて、憲法の条文の全てを一から作り直す形でなく、現在の条文全部をそれぞれ作り直す形で発表されていました。しかし、今回は中身が変わっていますし、ポイントを変えていくという形になっています。
 現行9条は、
 「9条の1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、 国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、 国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」
 「2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」――これが2項の前段です。2項の後段は、「国の交戦権は、これを認めない」
 自民党大会の改憲素案は、これはそのままにして、その上で以下の条文を追加するというのです。「第9条の2」となっていますが、9条の2というのは別の条文だということです。もしこれを9条の中に位置づけるとすると3項になります。9条の2とか3という定め方は、そこに新たに挿入することを示す条文の付け方です。本当は「10条」、9条と違うものを別途に立てますということです。
 「9条の2の1項 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する」
 「9条の2の2項 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する」
 こういう中身です。
 また、緊急事態条項は、内閣と国会の両方に付け加えるという形です。
 内閣の事務を定める73条の次に追加し、73条の2を付け加える形になっています。
 「73条の2の1項 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、 国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる」
 政令というのはご存知でしょうか。法律は国会で決めるのですが、政令は行政機関が定めることが決まりです。
 「73条の2の2項 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない」となっています。これが内閣のやれることを広げたことになります。
 さらに、「国会の章の末尾に64条の2を付け加える」ということが提案されています。
 「大地震その他の異常かつ大規模な災害により、 衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、 国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる」
 これが緊急事態条項です。
 これらについて、9条に「付け加えるだけなんだ。何かを変えるわけではない」という趣旨
で「加憲」という説明がなされることがあります。緊急事態条項も災害の時の特別な定めだといわれています。しかし本当にそうなのでしょうか。

(2)一般的に指摘されている問題点 

 一般に指摘されている問題点を簡単に指摘しておきましょう。9条改憲案の問題点は、大きく分けると三つほどあります。

■9条改憲案の問題点

①安保法制の合憲化

 2014年7月1日に安倍首相は自衛の範囲を広げるという閣議決定(憲法解釈の一方的な変更)をしました。今までの憲法解釈、内閣がしてきたことを一方的に変更するものでした。そしてこの憲法解釈を前提として、2015年9月19日に、安保法制が強行採決されました。2015年の夏、国会前に行かれた方も多いと思います。「強行採決」というけれど、採決されたかどうかも分からないような混乱状態の中で、安保法制が成立したとされ、安保法制を前提にして集団的自衛権行使が可能という状況が作られたのです。
 これに対しては違憲だという訴訟も各地で起きており、私もその代理人をやっています。集団的自衛権行使が可能だという前提で9条に自民党改憲案の9条の2が付け加えられれば、安保法制は合憲化されてしまいます。

②9条2項の無効化=歯止めの撤廃

 二つ目が9条2項の無効化=歯止めの撤廃ということです。9条2項はもう1回見ていた
だくと「2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」。
 今、政府の見解では自衛隊は合憲となっています。そのような文言に反する解釈がどうして可能になるかというと、前項の目的というのは戦争するための武力の行使をするということですね。その目的を達成するために戦力を持つということをしませんよというふうに2項の前段を読みかえているわけです。その時に政府が言っているのは、「必要最小限度の実力というのは、ここにいう戦力にあたらない」という言い方をするわけです。今までは必要最小限度の実力、しかし、改憲案である9条の2の1項では、「国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとれる」となっています。必要最小限度とされていた制限が全くなくなるということです。必要であればいいとなってしまうと、これまでも防衛費は聖域化されて膨らんできたわけですが、歯止めが全くなくなってしまいます。

③内閣総理大臣の権限拡大

 それから提案されている条文では、「内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする」と書かれており、これも問題です。自衛隊法7条は「内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する」と、内閣総理大臣が指揮監督権を有するとしている。本来は内閣が行政の一つの部門として防衛についても担う。その責任者が内閣総理大臣だという定め方、内閣を代表してというのはそういう意味です。その内閣という制限がないまま、立法、行政、司法から独立した「防衛」という新たな国家作用を作って、内閣総理大臣が直接指揮をするという形になるのではないかと指摘されています。

■緊急事態条項の問題点

緊急事態条項についてです。

①不要論
 一つには全くこんな条項は必要ないじゃないか、立法事実がないという意見です。大地震、その他の異常かつ大規模な災害の時の対策法はできているわけです。だから緊急事態条項はいらないじゃないか。どうして作るのかと言ったら、使いたい時がある、乱用したいということです。ナチスがワイマール憲法にあった緊急事態条項を悪用して、自分たちが政権を取って政令を作ったという例。麻生が「ナチスの手法を学べ」と述べたとおりです。また悪法として名高い治安維持法も、関東大震災時の緊急勅令が元になっています。災害の時に民衆の被害をよそに、どさくさに紛れて権力がいろんなことをやってくるというのはとてもよくおきることです。

②災害に何を含むか
 二つ目は、「災害」に何を含むかということですが、天災だけだったらいいじゃないかと思われるかもしれないけれど、「国民保護法」という法律がすでにできていて、この法律の中では「武力攻撃災害」という言い方がされて、第三国からの攻撃も災害の中に入れているんです。そうなると災害の中に武力攻撃も入れてくることができると読めるのではないか。
 一般的に指摘されている問題点を頭のどこかに置いといていただけると、いいでしょう。

3、もう少し9条「加憲」案を分析

 もう少し9条の加憲案を分析してみましょう。

(1)9条の構造

 9条の構造ですが、9条1項は目新しいものとはいえません。パリ不戦条約が1928年
に締結されています。1928年というのは満州事変の前、第二次世界大戦の前です。第一次世界大戦の反省に基づいて、
「締約国は、国際紛争を解決の為戦争に訴ふることを非とし、且(かつ)其の相互関係に於て国家の政策の手段としての戦争を抛棄(ほうき)することを 其の人民の名に於て厳粛に宣言す」。
 いわゆる「戦争放棄」ですね。日本も1929年には批准しています。しかし皆さんもご存じのように、1931年には満洲事変を起こして大陸に侵略した。自衛の名のもとに戦争するわけです。9条1項というのは、理念規定で「近代国家は宣言して当たり前」ともいえます。
 日本国憲法が特殊だといわれるのは、9条2項があるからです。9条2項は、戦力不保持、交戦権の否定という二つのことを定めている。1946年6月の吉田茂の国会答弁は有名です(後で憲法制定の背景を見ます)。憲法がまさに国会で議論されている時に、吉田茂が9条に関して話した答弁です。
 「軍隊を持っていなかったら国際世界の中でどうしようもない」と議員が質問するわけです。それに対して吉田茂がこう答えた。「自衛権の発動としての戦争も、又は交戦権も放棄したもの」とはっきり言い、「近年の戦争は多く自衛権の名に於て戦われた。まず自ら進んで放棄することを表明した」と言っています。
 その後、1954年に保安隊が自衛隊という名前になりました。そこでの政府の解釈では「自衛のための必要最小限度の実力は、『戦力』ではない」という言い方がされ、吉田茂の答弁の中身は変わってしまった。しかし、9条2項が持っている意味について政府は説明が必要だという認識を共有してきた。自衛隊のことを位置付けるには説明が必要だという立場を政府はとってきたのです。

(2)『文芸春秋』2013年10月号「憲法九条 私ならこう変える」=枝野私案

 今回の「加憲」案は自民党から唐突に出てきたかのように思われますが、実はそうではないのです。2013年10月に、今の立憲民主党の枝野代表が発表したものが起源です。『文藝春秋』2013年10月号「憲法九条 私ならこう変える」という枝野の論考が発表されました。どういうふうに書いていたか。今回の加憲案と比べるためにちょっと長くなりますけれども、抜き書きしました。
「第9条の2の1項
 我が国に対して急迫不正の武力攻撃がなされ、これを排除するために他に適当な手段がない場合においては、必要最小限の範囲内で、我が国単独で、あるいは国際法規に基づき我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を守るために行動する他国と共同して、自衛権を行使することができる」
 この特徴は、日本が単独で自衛権を行使する場合、一緒に他国と共同して行使する場合(集団的自衛権の行使です)も、両方を認めているのが枝野私案の特徴です。自衛権行使ができると言っています。
「第9条の2の2項
 国際法規に基づき我が国の安全を守るために行動している他国の部隊に対して 急迫不正の武力攻撃がなされ、これを排除するために他に適当な手段がなく、かつ、我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全に重大かつ明白な影響を及ぼす場合においては、必要最小限の範囲内で、当該他国と共同して、自衛権を行使することができる」
 例えばアメリカと一緒に武力行使を取っていた時に、アメリカ軍に対して武力攻撃が為された場合、日本軍は攻撃ができますというのが2項の定めです。
「第9条の2の3項
 内閣総理大臣は、前2項の自衛権に基づく実力行使のための組織の最高指揮官として、これを統括する」。ここでは自衛隊ということは明記していませんが、組織の最高司令官としてこれを統括するとなっています。
「第9条の2の4項
 前項の組織の活動については、事前に、又は特に緊急を要する場合には事後直ちに、国会
の承認を得なければならない」と打ち出しています。
 第9条の3も枝野私案にあります。国連の平和維持活動のようなものを想定して、それには参加できるということです。2項では駆け付け警護です。これに対して急迫不正な武力攻撃が為された場合に対しては、必要最小限の自衛措置をとることができると定めています。
 要するに、今自民党から提案されているものよりも詳しく、ここだけ読むと広く認めているともとれる提案を枝野はやっていた。枝野本人は「政府の今までの解釈をきちんと憲法の中に位置づけるんだ。変える場合、憲法を変えなくてはならないと国民世論が動いた場合のために、提案したものなんだ」と説明してきたのです。
 例えば長谷部恭男(はせべやすお)という、安保法制の時に自民党が専門家として話をさせた憲法学者(東大名誉教授)がいました。自民党案に賛成意見を言ってくれると見込んで呼んだけれども、長谷部も含めて「安保法制はおかしい。憲法違反である」と4人そろって反対する状況が作られる。憲法学の中では右寄りで政府見解にすごく近い人と見られている長谷部は「枝野私案については評価する」と言っていました。枝野は、個別的自衛権三要件を個別的、集団的の区別なく適用しているから、「集団的自衛権も適法だ」と2013年に認めてしまっているということなんです。安倍はそれを利用した。公明党も加憲と言っていました。だからそこに乗っかる形で出してきたのが今回の自民党9条改正案になるわけです。
 (次号に続く)

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【現行憲法制定の背景】

1945年
8月14日 ポツダム宣言受諾決定8月15日 ラジオ放送
8月28日 GHQ設置
10月   共産党再建
10月25日 憲法問題調査委員会設置
12月15日 議員選挙法改正案
     (女性参政権、沖縄県民選挙権停止)

1946年
1月1日 「人間宣言」
1月19日 東京裁判条例発出
1月24日 幣原(しではら)マッカーサー面談
2月1日 改正案スクープ『試案』として掲載
2月3日 3原則 
     ①天皇は最上位
     ②戦争放棄
     ③封建制度の廃止
2月4日 民政局内で条文化
2月10日 成案
2月13日 日本政府に手交
2月26日 極東委員会設置
3月6日 政府憲法改正草案要綱発表、
     天皇憲法改正勅語発出
     ここまで急ピッチ(徹夜で協議)
4月10日 衆議院議員総選挙
4月17日 憲法改正草案発表
5月1日 メーデー
     皇居前に50万人
5月3日 東京裁判開廷
5月19日 食糧メーデー 皇居前に25万人プラカード事件
5月20日 マッカーサー
     「組織的な指導の下に行われつつある大衆的暴力と物理的な脅迫手段を認めない」
6月20日 憲法改正案提出
11月3日 日本国憲法公布

1947年
2月1日 2・1ゼネスト
     GHQ「日本の安定のため」禁止
5月3日 日本国憲法施行
     (東京裁判1周年)