追悼 関西地区生コン支部 高英男副委員長

2019年7月31日

月刊『労働運動』26頁(0287号10面01)(2014/02/01)

追悼 関西地区生コン支部 高英男副委員長
 

 

 労働運動への揺るがぬ確信に満ちていた
 動労千葉委員長 田中康宏
 昨年11月23日、国鉄闘争勝利と階級的労働運動の復権のためにともに闘ってきた同志であった連帯労組関西地区生コン支部・高副委員長が逝去されました。あまりにも突然の、そして早すぎる訃報に言葉を失いました。今でも信じることができません。
 高さんの言葉は、いつも、労働運動が持つ可能性への揺るがぬ確信に満ちていました。その一言ひとことや立ち振る舞いからは、現場の組合員からどれほど強く信頼されているのかが自然に伝わってきました。だから私も高さんに絶対の信頼を寄せていました。高さんは数少ない本物の労働運動のリーダーでした。
 私たちが、関西地区生コン支部の運動や高さんと出会ったのは、国鉄1047名解雇撤回闘争に対して下された1998年「5・28判決」をきっかけとしたものでした。それは、民営化にあたっての新会社への採用差別が不当労働行為であったとしても、その責任はJRには及ばないとする反動判決でした。「採用の自由」の名の下に「解雇自由」の扉が開け放たれたのです。
 その攻撃のもつ意味の重大性を誰よりも鋭く見抜いてくれたのが、連帯労組関西地区生コン支部と全国金属機械港合同の仲間たちでした。ここから、3労組の呼びかけで、11月全国労働者集会が始まりました。関西地区生コン支部の最初の担当者が、亡くなられた川村さんで、次は増田さん、その後が高さんでした。その闘いは、2010年、4者4団体の
「政治解決」にあたっても、国鉄闘争全国運動の立ち上げという形でさらに発展しました。
 毎年の11月集会をめぐる議論の際、高さんはいつも二つのことを強調していました。
 ひとつは、「職場で労働者の権利にとことんこだわって闘い続けなければ労働組合の戦闘性は維持できない。集会を1年間の闘いの成果を持ち寄る場にしたい」ということでした。もうひとつは、「階級性を維持する思想性をもたなかったら労働運動が広がりをもつことはできない。それがセットになって労働組合は本物になるんだ」ということです。
 それは、40年に及ぶ資本や国家権力との激しい攻防戦を貫いて、これまでの労働運動の「常識」を覆す産業別労働運動をつくりあげた自信に基づくものでした。「関生の闘いは社会の支配構造に風穴を開けた。ここに社会変革の可能性がある」と。
 高さん。本当にお世話になりました。ありがとうございました。高さんの遺志は必ず私たちが引き継いで国鉄闘争に勝利します。怒りの声を集め、職場から闘い組織し、労働運動のこのひどい現実を変革します。どうかこれからも私たちの闘いを見守って下さい。