理論なくして闘いなし 第11回 改憲・戦争情勢と社会保障制度の解体

2019年7月31日

月刊『労働運動』34頁(0334号05/01)(2018/01/01)

理論なくして闘いなし 闘いなくして理論なし 第11回
改憲・戦争情勢と社会保障制度の解体

(医療・介護・福祉の問題は、一領域の課題ではなく、労働者全体、社会全体の大きなテーマです。
下図は、厚生労働省の医療介護総合確保推進法の図です。2025年問題(団塊世代が75歳以上になり、従来の医療・介護・福祉が破綻する)を前に、「病院(施設)から在宅へ」と多くの労働者が病院(施設)を追い出され、医療・介護の抜本的転換・破壊が行われようとしています。)

医療・介護・福祉労働者の運動と組織―<もう一つの18年問題、医療・介護・福祉>

山部 明子(動労千葉労働学校講師・社会保障制度研究家)

マルクス主義講座として動労千葉労働学校の講義の抜粋を掲載しています。

●12月16日の講演から抜粋

【はじめに】

 新自由主義と恐慌・戦争によって世界は激変しています。青年労働者・学生は親世代を見本に現在を生き、未来を描くことはできません。(*新自由主義と戦争・革命の時代)
 新自由主義の労働法制改悪、社会保障制度の解体・変質に対する怒りは、世界中に満ちあふれています。アベノミクス三本柱「成長戦略」の矢面にある医療・介護の職場では、制度改革、統合・再編と民営化、大合理化の嵐が、吹き荒れています。怒りは高まっています。
 今日の労働学校では、医療・介護・福祉労働現場でこの数年間におきていること、これからおきようとしていることを中心にして、労働者仲間で問題意識を共有し、運動と組織を作りだすための武器を鍛える学習にしたいと思います。

【Ⅰ】「財政健全化・緊縮財政=税と社会保障の一体改革」は新自由主義の世界共通語

①世界経済のゆきづまりと緊縮財政

 アベノミクス(金融緩和・財政出動・成長戦略)が、労働者民衆を苦しめています。
 大金持ちを利する株価高騰の反対側では、日本の基幹産業・実体経済は低迷・没落しています。マイナス金利(←過剰資本・過剰生産力、儲け口・投資対象がない)でトップクラスの銀行が支店閉鎖、大量人員整理・解雇を発表。日本の基幹的製造業の信用があいついで失墜しています。東芝、神戸製鋼、日産自動車、三菱マテリアルなどで不正と経営危機が次々に発覚。新幹線も創業以来の重大インシデントにみまわれています。
 これらは生産現場労働者の技術水準の後退などでは絶対ありません。「新自由主義の論理である資本の自由=市場原理」が目先の儲けのために生産現場をガタガタにしているのです。
 歴史を振り返ると、日本の新自由主義は、87年、中曽根首相による国鉄・分割民営化―国労解体・総評解体ではじまりました。さらに、新自由主義のグローバル化に対応して、95年、経営者団体によって「日本的労資慣行三本柱(終身雇用・年功序列賃金・企業内組合)からの脱却」が叫ばれ、連合の屈服によって、雇用関係の力関係が大きくかわりました。
 橋本政権下の構造改革で立案された介護保険が発足したのは2000年でした。それまでの老人福祉のゆきづまりを機に、戦後社会保障制度の柱である国民皆保険制度・医療の周辺部分を民営化する制度です。40歳以上の労働者から年金保険・健康保険に加えて介護保険料を天引きし、年金暮らしの高齢者は、保険料と利用料を死ぬまで負担しつづけます。しくみの中に「カネ次第」が織り込まれました。
 21世紀、小泉政権6年間(2001年4月から2007年6月)は、郵政民営化や労働者派遣法拡大など新自由主義の満展開でした。「小泉=奥田の骨太改革」は、国立大学と国立病院を法人化しました。派遣法などで非正規職化を拡大し、年金・医療・福祉、社会保障制度解体を本格化しました。
 小泉「骨太改革」後、緊縮財政=「税と社会保障の一体改革」が叫ばれたのは2012年の民主党・自民党・公明党の三党合意でした。
 民主党・小宮山厚労相が「ⅰ国民の社会保障費負担が少なすぎる、ⅱ解決策は広く浅い負担、消費税の増税である、ⅲ年金・医療・介護に子育てを加えて保育士給与・待遇改善、待機児童の削減をめざす」と発案。
 時の国会決議は、「消費税増税分は全て社会保障費に使う」確認でした。しかし2014年4月の消費税増収分は、ごく一部分しか社会保障には使われていません。消費税は、トヨタ自動車などに巨万の富をもたらし、低所得者を直撃しています。
 最近発表の安倍政権2018年予算案は、増税と小泉以来の社会保障制度大改悪です。
 安倍予算案の「高齢者重視から全世代化に転換」政策は、小泉政権時に「高齢者金持ち」論や「手厚く保護された福祉」論などのキャンペーンとともに「社会保障費削減を数値目標化して機械的に毎年2000億円削減」したと同じ手法です。
 世界的にも、EUやIMFは、ギリシャやスペインその他の国々に年金・医療・介護・福祉など社会保障費削減=緊縮財政を数値目標で強制しています。
アベノミクスの下で日本の国債が増え続けています。安倍こそが「国債依存」経済をつくったのです。金融緩和、財政出動、株価支えなどです。「健全財政」とか「家計に例えた国民の頭わりの借金額」「2005年にはじまる超高齢化社会にそなえた社会保障費を削減」などという政府・資本家のキャンペインに騙されてはなりません。

②来年度予算案「高齢者偏重から全世代化へ転換」

 「これまでの高齢者偏重の転換」ということは、高齢者の権利と尊厳を奪う宣言です。
 安倍は11月の記者会見で「ⅰ2019年10月消費税10%への増税を実施する、ⅱこれまでの社会保障の高齢者偏重を全世代型に是正し、幼児教育無償化や子育て対策、高等教育の負担軽減などを通じて現役世代への再配分を充実させる」と語った。
 目玉政策「教育無償化」は、子をもつ親の負担軽減にはならないことが指摘されています。成果主義・選別主義の新自由主義は、教育にもちこまれています。地方の公立小中学校では、教員欠員と臨時教員・非常勤教師の比率が増え、「子どもの貧困」が問題になっています。法政大や京大の学生運動弾圧・大学自治破壊が横行しています。本当の狙いは、社会保障の名による戦争国家教育への転換、教師・学校への国家統制強化ではないでしょうか。
 「高齢者偏重」といいますが、社会保障費の第1の柱である年金とは、現役時代を終え、退職した労働者の<賃金>に相当するものです。また、社会保障費の第2の柱である医療・介護が高齢者に重点があるのは自然であり当然です。賃金労働者を働けるときだけ使って後は使い捨て「老後保障などに責任はない」というのが資本主義です。
 年金や医療・介護は、賃金の延長として労働者階級が歴史的に闘いとってきた奪うことのできない権利です。
 そして2019年消費税増収分は、「日本国債への信任を確保するため、国債償還など財政再建にまわす」ことがすでに決定しています。安倍は、インタビューで「教育国債を財源とする考えを排除しない」と、さらなる国債発行を予告しました。日本経済は、赤字国債と日銀による株価支え、年金基金などによる株価支えで「堅調」などと偽装演出されています。矛盾が積み上がり、怒りは満ち、爆発の機を待っています。
 小泉の息子議員が介護保険を見本にした「子ども保険」創設を提案しています。子どものいない労働者にも子育て資金負担をさせるため、賃金天引きの子ども保険(事実上の税)を創設する案です。子どものいない人とは、低賃金・無権利化されて、結婚できない、子どもをもてない青年労働者です。<少子高齢化>を理由にした賃金差引増税(実質賃下げ)をやりたい放題に許すことはできません。
 <健全財政>とは新自由主義の共通語です。この<社会保障を財源問題にすりかえる>敵のたくらみに騙されてはなりません。賃金労働制の資本主義であるかぎり、社会保障制度は当然の権利です。労働者を総非正規化して社会保障を破壊し、人々を生かすことのできない資本主義は打倒されるべきです。

③安倍の「高所得者増税」は、中間層の解体‐総非正規職化の促進

 予算案では、年収850万円以上の高所得者の所得税増税、フリーランス自営業者を税法上優遇する。非正規職労働者からみれば、年収850万は、「高所得」です。しかし、本当の「高所得者」とは1~5%の富裕層、資本家階級です。一足先に進んでいる貧困社会アメリカの例を見るまでもなく、富裕層を保護し、賃金の高い労働者を分断する中間層解体増税は、労働者階級への分断と搾取・収奪強化そのものです。税法上の「自営業」優遇は、雇用関係のハッキリしないダブルジョブ、トリプルジョブの半失業者をふやす政策です。

【Ⅱ】安倍「成長戦略」で医療機関「非営利原則」が大転換

 安倍政権の三つの矢(異次元の金融緩和、機動的財政出動、成長戦略)、成長戦略の目玉が、医療・介護分野です。医療・介護・福祉事業体に再編と統合、大合理化の嵐。

①動きはじめた大資本による「吸収合併―系列化」

 医療法にもとづく医療法人は、戦後憲法下で1950年に制度がつくられて以来「剰余金を配当してはならない非営利法人」です。いわゆる「医療法人の非営利原則」(営利をもとめず公共の福祉に寄与する)の建前です。ただし、個人開業医には当てはめません。
 安倍の成長戦略は、医療・介護・福祉を標的にし、これまでの戦後民主主義を支えたあり方を大転換しようとしています。
2014年1月、安倍が世界経済フォーラム(ダボス会議)で「日本に持ち株会社型の大規模医療法人をつくる」と宣言しました。2015年9月医療法改悪「地域医療連携推進法人」をつくる。2017年4月医療法で「地域医療連携推進法人設立」を容認。2017年7月に安倍政権・厚労省は、「医療機関の公募債を容認、社会福祉事業など多様な事業の実施(複合体)をおし進める」と発表しました。
 医療機関を投資対象にすることと、アメリカのような持株会社による資本統合(独占体化)を認めることを明記しました。
 今年7月、「投資ファンドが新会社を設立して、社会保障の効率向上のために医療・介護事業者を広く束ねて経営する計画」が発表されました。投資ファンド「ユニゾン・キャピタル」が、3億円を投じて新会社「地域ヘルス連携基盤」を設立しました。新会社は、すでに群馬県の調剤薬局チェーンを買収済。買収した薬局チェーンを軸に看護事業、病院・診療所など300経営体を順次買収する計画です。〈日経ビジネスではユニゾン・キャピタルを「禿鷹ビジネス」と評している〉
 新会社「地域ヘルス連携基盤」を設立する目的は、最先端の技術やしくみを導入して生産性を高め、人材確保をする。大手商社や電機メーカーの協力をえて安定した事業体制をめざす。と、以上のように新聞報道されています。(7月28日、日経新聞)
 製造業でない医療・介護・福祉に新技術やしくみを導入して「生産性を高める」とは、どういうことでしょうか。ITや機械はそれ自体に魔法の力はありません。要は、医療・福祉労働者の仕事の効率を上げて、賃下げ・人員削減・長時間労働、労働強化によって搾取率と収奪率を強化することです。投資効果・利潤を上げるために現場に資本の論理(すべてが金次第)を徹底させることです。
 すでに(新自由主義によって)、多くの病院・介護施設の事務・検査・薬局・給食・リネン・清掃などは、儲けを目的にする株式会社に外注化され、職場が分断されています。
 新しく始まることは、これまでのような医療・介護機関が「別会社に仕事の一部を外注する」関係から、外注先の大手商社などが、医療・介護機関を束ね、その上に投資ファンドがつくる新会社が立って指揮命令し、病院・介護施設を支配するという構造、それが大規模医療法人構想です。
 労働者にとって、経営体の変更(吸収・合併・統廃合)は、帰る場所のない解雇・転籍、選別再雇用と労働強化の嵐です。職場の仲間と団結して闘う以外の活路はありません。
 (次号に続く)