2020年新年アピール 改憲阻止! 関生弾圧・JRの「労組なき社会」攻撃と非常臨戦態勢で闘おう

2020年2月4日

※2020年新年アピール

改憲阻止! 関生弾圧・JRの「労組なき社会」攻撃と非常臨戦態勢で闘おう!

田中 康宏(全国労組交流センター代表・動労千葉顧問)

★はじめに

2020年は資本主義体制が全面的に崩れ壊われていく年になるでしょう。世界中で労働者の闘いが広がっています。国際階級闘争も明らかに新たな段階に入っている。労働者の闘いが荒々しく時代の最前線に登場し始めている。しかし日本では、労働運動、階級闘争の深刻な後退、停滞が今も回復していない状態です。今年こそこんな現実を打開する手がかりをつかみたい。労組交流センターとしては、時代の激流を見すえ、結成の原点に立 ち返って新たな年に挑んでいきたいと考えています。

★2019年の総括

2019年、全国の仲間たちが困難な状況に立ち向かって頑張りぬいてくれたことに心から敬意を表します。一年の集約点として、11月3日の労働者集会とそれを前後する取り組み、翌週の訪韓闘争、さらにその次の週の関西生コン弾圧粉砕の大阪における全国闘争を闘いぬきました。この一連の行動を通して次のステップに進むことができる手がかりを掴むことができたのではないかと考えています。
11月集会ですが、まだ本当の意味で実を結ぶところまではいっていませんが、新しい多くの可能性、結びつきをつくることができた。関生支部の仲間たちも、JRの職場でも、激しい攻撃を受けながら、私たちは情勢に負けずに立派にもちこたえている。それを全国の仲間たちが支えてくれている。それ自身がこの時代には大きな意味をもつものです。
さらにこの1年、「改憲・戦争阻止!大行進」運動を呼びかけ、その闘いの中で「広島教職員100人声明」という画期的な運動が始まった。また神奈川の仲間たちが先進的に大行進運動を進めてくれています。
昨年の11月集会は、関生弾圧に対する怒りの声と、広島・神奈川の取り組みが牽引してくれました。困難の中で、どうしても身内だけの論理に陥りがちな状況を打ち破って、闘いと組織化の構想をつくり、自らのあり方の変革をかけて打って出た。大変な闘いだったと思います。その教訓を全体化する大きな一歩となったのが11月集会だったように思います。
運動路線的には、改憲・戦争を止めるために人生をかけて立ち上がらなければいけない情勢が来たのだということ、階級的労働運動とは、それを貫く真剣さの中でこそ復権できるのだということを、この1年間の闘いの経験を通して全体のものにすることができたことが本当に大きかったと思います。これが第一に確認したい点です。
第二は、大弾圧を粉砕し関生支部を守りぬく闘いと、JRで吹き荒れる「労組なき社会」「非正規職だけの社会」を作ろうとする攻撃を粉砕すること、この二つの闘いが日本の6千万労働者の権利、未来をかけた闘いだということを明確に打ち出したことです。一方では労組の存在そのものを禁止するに等しい大弾圧、もう一方では労働者支配の歴史的な転換。それは、労働分野の改憲攻撃、現代の産業報国会化攻撃と言っても過言ではありません。私は、この二つの攻撃を真正面から見すえることができなければ、この時代の本質を正確につかみることができないように思います。
第三に、安倍政権が、日韓関係の様相がこれまでとは一変してしまうほどに韓国敵視政策を煽りたて、国家主義・排外主義・民族差別的宣伝、天皇代替りの洪水のようなキャンペーンで社会全体を溺れさせようとしている状況の中で、民主労総ソウル地域本部、鉄道労組ソウル地本との連帯をこれまで以上に強いものにできたことは本当に大きかったと思います。
20年近く積み上げてきた共同行動ですが、民主労総の中にも「なんでこの時期に日本に行くのか」という声もあり、一旦崩れてもおかしくない状況でした。しかし、11月集会までの数カ月、双方の真剣な取り組みや討議によって、逆にこれまで以上に深い信頼関係が築かれました。愛国主義・国家主義は「ならず者の最後の砦」です。かつてその歴史を踏んでしまった日本の労働運動にとって、それを乗り越えることは絶対不可欠の課題です。8月にはソウル本部からの提起でささやかながら慰安婦問題での共同行動を東京で行うことができたこと、安倍政権による輸出規制弾劾の声明文を発出する討論、韓国テグの仲間たちとの8・6ヒロシマの取り組み、すでに5回の共同行動になっている旭硝子韓国子会社の首切り撤回を求める日本遠征闘争、11月集会の過程でも丸ノ内に結集して三菱重工への抗議闘争を共同で取り組んだことなど、民主労総ソウル本部と共に取り組んだこの数カ月間の経験は本当に貴重なものでした。
現場で一緒に闘い、実践すれば、労働者はどんな攻撃のもとでも国境をこえて団結することができる。安倍政権の攻撃が逆にそれをわれわれに確信させてくれたのです。
その連帯は私たちの予想もこえて広がり、今年はドイツ機関士労組や台湾の鉄道、航空、消防士労組など多くの仲間たちが参加してくれました。 第3章 ★歴史的転換点の情勢
情勢について少し触れたいと思います。資本主義体制は完全に発展の余地を失って、労働者に犠牲を強い暴れ回っています。トランプ政権の登場以降は世界中で壮大な蹴落とし合いが始まっている。「自分さえよければ世界が壊れたって知るものか!」というわけです。その象徴が米中貿易戦争です。お互いに潰し合うような主張をぶつけ合っている。争闘戦です。中東やウクライナ、北朝鮮をめぐり、今日平和が語られていたかと思えば、明日は戦争の足音が聞こえる。世界中で危機が戦争に転化する不気味なプロセスが動き出しています。
この間、私が一番注目したのはIMF(国際通貨基金)が昨年4月に出した報告書です。世界は五つのリスクを抱えており、リーマンショック以上の金融大崩壊の危機が迫っていると言っています。第一に、格付けの低い、つまりいつ紙屑になってもおかしくない社債がリーマンショック当時の4倍という規模で世界中にあふれていること、第二に、国家破綻に陥って今も本質的には何も問題が解決していない南欧諸国の国債が暴落するリスク。そうなれば多く所有しているEU各国の銀行が全部おかしくなる。第三に、中国の経済成長の行きづまりによって、その背後にある巨額の債権が破綻する危機。第四に、新興国に貸し付けられた資金が一斉に引き揚げられて新興国の経済が破綻するリスク、第五に、バブル崩壊によって世界中の不動産・住宅価格が暴落するリスク。IMFまでがこう言っています。例えば「格付けの低い社債」という問題ですが、それを一番たくさん抱えているのはアメリカだと言います。もしそれが破綻し始めたら、かつてのサブプライムローンの比ではないそうです。
あるいは、最も深刻な崩壊の危機に直面しているのは日本かもしれない。日本は突出した世界最大の借金国です。それなのに安倍政権は、ガンガン国債を発行し、日銀がそれを無制限に引き受けていく政策をとった。それは本来財政法5条に違反する戦時財政政策です。国の借金総額はすでにGDPの2倍。それは1945年の敗戦時のレベルです。さらにそれだけではなく、この間は日銀が株まで大量に買い込んで株価を維持しています。今年秋には日本最大の株主が日銀になる。二番目の大株主が年金機構です。これが新自由主義なるものがその果てに生み出した現実です。こんなことはいつか絶対に崩壊する。国債の信用が失われ、あるいは株が暴落し、日銀の資産が棄損したら一体何が始まるのか。これがアベノミクスの正体です。オリンピック前にも矛盾が噴き出し始めるかもしれない。それをなんとか先延ばそうとして、経済政策が「ポイント還元」だとかスーパーの大売出しレベルになっています。
こうした事態を背景に、F35の大量購入、イージスアショア、空母建造など、これまでとは異次元の大軍拡が進められています。われわれが気付かないうちに社会の在り方そのものがどんどん変貌している。例えば、昨年暮れに幕張メッセで武器の国際見本市が開かれました。その主催者は、日本で開催した理由を「日本は解釈改憲によって世界で最も有望な市場になっているからだ」と言っています。集団的自衛権の行使容認だけで事態はここまできている。明文改憲が行われたら一体何が起きるのか。絶対に許してはなりません。
しかし「桜を見る会」をめぐる事態などを見ると、安倍政権の現状は、政治支配が成立する条件そのものが崩壊しているように感じます。隠蔽というレベルの問題ではない。国民全部が見ている目の前で証拠をシュレッダーにかけて「どうだ、もう証拠はないぞ!」と居直って見せている。そうしたやり方がすべてにわたって政治の主要な手法になっている。ここまで腐敗した形で政治を私物化している。政治支配が成立する条件は、それがいかに幻想に過ぎなかろうが、普遍的価値や共同の利益を代表しているという建前をとるところにあります。それが完全に失われた時は崩壊する。しかも「どうだ、もう証拠はないぞ」式の支配しかできない者が憲法を変えようというのです。
もう一点、政治支配はどんな独裁政治であろうと、下から自発的に呼応するものを作ることができなければ成立しない。安倍政権は第一次政権時代から、教育基本法を改悪し教育を支配し、マスコミに激しい攻撃を加えて屈服させ、労働運動をつぶし、国家主義・排外主義、歴史修正主義を煽りたてるなど、ありとあらゆる手段を尽くしていますが、改憲について下から呼応するものを全く作ることができていません。むしろ「憲法改正が必要」の声は減っている。
本来なら、この体たらくの安倍政権に「憲法改正」というような歴史的攻撃が貫徹できる力はない。しかし、支配階級にとって内外の危機の重圧に突き動かされて、進む道が改憲―「戦争のできる国」をつくる以外ないとすれば、そこに生まれてくるのはむき出しの国家暴力です。そうした反動的エネルギーが噴き出そうとしていることに備えて闘いを強化しなければなりません。そうすれば間違いなく歴史が動き始める。日本の場合、いまだ本気になって行動を呼びかける者がいない。それが安倍政権を成立させている唯一の根拠になっている。野党勢力も本当に腐っている。国会の委員会室では声をはりあげても、労働者に向かって「街へ出よう!」とは絶対に言わない。労働組合もその社会的役割を放棄してしまっている。しかし、〝ろうそく革命〟のように、黄色いベスト運動のように、香港のように、人々が毎週末のように街へ出て、国会前に、広場に、道路に座りこみ、デモを始めたら事態は一変します。2020年をそうした闘いの始まりの年にしたいものです。

★改憲・戦争阻止!大行進運動

昨年、私たちは「改憲・戦争阻止!大行進」運動を立ち上げました。その精神はどのようなものか。この時代にどのような性格の運動が求められているのか、私の考えを改めて少し述べたいと思います。
私は、安保関連法(戦争法)の国会審議過程の闘いに参加していて、深刻な違和感、運動の危機を感じていました。国会前には戦争反対の真剣な怒りの声が結集している。でもその雰囲気は、日本の労働者が連綿として「戦争だけは二度とさせてはならない」「改憲だけは許してはならない」と闘い続けてきたそれとは全く違うものにされている感じがした。その闘いは、労闘ストにしろ「戦争への一里塚」というスローガンが掲げられた勤評闘争にしろ、60年・70年の安保闘争にしろ、原水禁闘争にしろ、もっと自己解放的で、荒々しい力と連帯感に満ちたものでした。しかし、戦争法の時の国会前は、正面と左右の歩道にはおそらく延べ1㎞以上にわたってスピーカーのコードが張り巡らされて、何万という人が歩道にひしめいている。主催者である野党勢力と警察によって徹底的に管理された空間の中で「警察の指示に従って歩道からはみ出さないで」というアナウンスが繰り返され、訴えられることは「野党共闘」「選挙協力」ばかり。本来なら、次はもっと多くの仲間を集めて国会前を怒りの声で埋め尽くそうと訴えなければならないはずなのに、そんな提起は禁句になっており、国会前に座り込むというレベルでさえ、闘いが実力闘争となって発展していくことは徹底的に排斥される雰囲気でした。それは、闘いではなく逆に闘いが階級的に発展していくことを徹底的に抑え込むものになっている。一体これは何なんだと思いました。こんな状態では法案が強行されるまでが限度で、それ以降も運動が継続するはずもありません。
さらには、突如として抵抗線が「立憲主義を守れ」というところまで後退し、野党もマスコミも何もかも主張されることが〝立憲主義〟一色にされていく。これは、非常に意図的な世論操作だと思います。戦後70年の労働運動の歴史を見ても、どんな右であろうと〝立憲主義〟が抵抗の根拠となったことなど一度もありません。それは当然のことでそんなことを言い始めたら明治憲法だって立憲主義になってしまう。
野党といってもその内実はほとんどが改憲派です。「野党共闘のために」と言って共産党がそれに野合していく。
こんな現実を打破することができなかったら、労働運動の復権など不可能です。だから大行進運動の中でわれわれが訴えたのは「労働者の団結した闘いの中にこそ、改憲を止め、戦争を止める力があるのだ」という、ごくシンプルな主張です。どんな困難でもこの一点だけは譲らない運動を作ろうということです。韓国やフランスや香港の闘いを見て下さい。労働者や学生が街中を埋め尽くし、ストライキに立ち上がり、堂々と胸を張って政府の圧政と闘っている。それと比べると日本の現状はあまりに異様です。われわれは、戦争だけは許さないその真剣さで、怒りの声と結びつき、怒りの声を組織し、階級的労働運動、階級的反戦闘争を全国各地、職場につくりあげたい。それが、「改憲・戦争阻止!大行進」運動がめざすものです。

★関西生コン弾圧

今年一年、全力を尽くして全国に闘いを組織し、関生弾圧を粉砕することを訴えたいと思います。
ストライキをすれば威力業務妨害、団体交渉をしたら強要、資本に対して抗議闘争をしたら恐喝、闘いの方針を相談したら共謀だと言って、次々と執行部や組合員が逮捕されるという事態は、すでに労働組合が禁止されているに等しいものです。戦前と見紛うようなこの現実を許してはならない。憲法28条・労働基本権などこの国には存在しないかのように襲いかかる攻撃を絶対に許してはなりません。
しかし、1年半にわたる労働運動に対する戦後最大の大弾圧をもってしても、安倍政権は関生支部をつぶすことができなかった。労働委員会では次々と不当労働行為救済命令が出され、明らかに潮目が変わり始めています。自らの問題として関生弾圧のことを考える声、労働運動の現状への危機感が広範に広がり始めています。全国津々浦々の職場まで事実を知らせ、反対の声を組織することができれば、この攻撃を労働運動再生への転機にすることも不可能ではありません。
関生支部は、20年以上、国鉄闘争や11月集会を共に闘いぬいてきた仲間です。われわれは、今回の弾圧で、われわれが守りぬいてきた三労組の共闘が、この時代にどれほど重要な存在であり陣形だったのかを学ばされました。われわれが貫いてきた闘いの飛躍をかけて、全国に関生支部支援闘争を立ち上げなければなりません。

★JRの「労組なき社会」攻撃

さらに、それと同じ認識に立って、JRにおける「労組なき社会」化攻撃を粉砕する闘いへの支援を全国に呼びかけたいと考えています。それは安倍政権の手によって完全に軌を一にして開始されました。関生弾圧は2018年7月、JRにおける攻撃は同年2月にJR東日本社長が首相官邸に呼ばれたことをきっかけに一斉に開始されたのです。民営化に全面協力した御用組合=東労組すらつぶす攻撃で、職場では激しい労組破壊攻撃が吹き荒れ、この2年あまりの間に4万人近い組合員が脱退し、さらにグループ会社数十社の労働組合が集まっていた東日本労連に至っては一夜にして消滅しました。JRは、労組に代わって「社友会」なる組織を作って、それを就業規則改訂等の社員代表にする制度を構築しようとしています。それは、33年前の国鉄分割・民営化のとき以上の歴史転換的攻撃です。JRで「労組なき社会」のモデルを既成事実として作り、社会全体に広げようとしているのです。経団連の中に労働法規委員会という組織があって、そこでは、新たな社員代表制度の法制化を要求するという議論が行われています。労組なき社会の新たな労働者支配の方法を作ろうというのです。その委員会の会長がJR東日本の前社長・冨田です。2018年、首相官邸に呼ばれた人物です。
関生とJR、この二つの攻撃は、国策として仕組まれたまったく一つの攻撃だと考えています。動労千葉は昨年9月、関新委員長体制を確立し、断固たる決意を固めてこの歴史的な攻撃を粉砕する闘いに立ち上がっています。

(写真 11・3集会後の三労組隊列デモ)

★「働き方改革」の核心的攻防がJR職場における攻防にある

今、JRの職場で吹き荒れている攻撃は、安倍政権の「働き方改革」の核心的攻防という意味を持っています。JRで起きている事態こそ、「働き方改革」攻撃の本質であり、JRの攻撃を通して「働き方改革」が労働者への総攻撃として本当の姿をあらわにするという構造になっている。

安倍は、働き方改革一括法が成立した時、「戦後最大の改革を成し遂げた」と自画自賛しました。その意味を見すえてほしいと思います。日本は戦争に敗北し、農地改革とか教育改革とか財閥解体とか、戦後様々な改革が行われました。最大の改革はやはり新憲法施行でしょう。安倍はそれ以上の改革をしたと言っているんです。つまり、社会の根幹たる労働者支配の戦後的在り方を根底的にひっくり返したと考えている。この点はまだ誰も見すえきれていないところです。本質があいまいにされている。その本音が一番鮮明に表れているのは、第二次安倍政権ができた当初の、「働き方改革」一括法としてまとめられるずっと以前の、規制改革会議や産業競争力会議での議論です。その議事録を読んであまりの内容に本当に驚きました。
第一に言われていることは、「正社員改革こそ最優先課題だ」という議論です。「世界的に見ても日本の正社員ほど不当に権利が保護されている存在はいない。これ以上そのような存在を認めることはできない」。そういう議論です。つまり、労働者を総非正規職化させることを「働き方改革」の最優先課題と設定したのです。こうした認識の下で、実際この20年間にアメリカやドイツ、イギリス、フランスなどでは賃金が60~80%上がっているのに、日本だけは賃金が9%下落するという異様な事態が起きました。
第二に、「解雇は規制されているという誤解を粉砕しなければいけない」という議論がされている。「解雇規制など誤解に過ぎない」「誤解が広く通用してきたことこそ問題だった」というのです。そして「なぜそんな誤解が通用してきたのか」と問うて、雇用が無限定だったからだというのです。だからこれからは、ごく一部の総合職以外は、この職場限定、この職種限定、この事業限定、このプロジェクト限定など、雇用を全部限定すると言っています。そうすれば、その職場や事業がなくなった時点で自動的に雇用が終わる。それを「社会通念上相当な働き方にする」というのです。総非正規職化、そして解雇自由化です。
第三に、「社員代表法理、就業規則改正法理の明確化」という議論が行われている。「就業規則を変更し、裁判になった場合、判決が出るまでその正当性が確定しないようなあり方は容認できない」というのです。そして、形式的な手続きさえ踏まえていれば「合理的と推認する」ような社員代表法理を明確化する必要があるとしています。就業規則の不利益変更が自由にできるようにするということです。これは労働組合の完全なる否定ということです。
さらに、8時間労働規制の撤廃、つまり労基法の根幹を打ち砕く議論だとか、雇用契約に基づかない働き方、つまり労基法も、最低賃金法も、社会保障法も適用されない労働者を生み出すとかの議論がされています。これは一括法で「高プロ」だとか、労働者の個人事業主化という形で法律化されています。これでわかるように、労働者の権利を打ち砕くという意味でまさに「戦後最大の改革」なのです。
さて今、JRで始まっている攻撃は、オブラートを全部剥いだ「働き方改革」の本音の部分を貫徹しようとするものです。
JR東日本では、この4月から運転士という職名も、車掌とという職名もなくなります。運転士・車掌はJRにおける正社員の象徴ともいえるような存在でした。労組破壊と一体で、それを廃止するという攻撃がかけられました。「自動運転もできる時代に運転士という特別な待遇や職名など過去の遺物だ」というのです。昨年3月のダイ改から、朝夕のラッシュ時間帯には運転士ではない支社などの管理者がハンドルを握っています。早朝3時間ほど運転してから支社に出勤する。
労組破壊が始まった途端に、秋葉原駅が丸ごと外注化されました。日本有数の乗降客数の多い駅です。JRで働く者にとって、そうしたすべてが「えっ!」と息を呑むようなショックドクトリンです。JR本体には鉄道に関わる業務は一つも残さないと言っています。全部下請け会社に突き落とす攻撃です。「労組なき社会」「社友会」という形で新たな労働者支配の方法を構築する。そして、「総非正規職化」「解雇自由」。まさに「働き方改革」の本音の部分を貫徹する攻撃です。
でも、労働者が存在する以上そんなことが通用するはずはない。通用させてはならない。
動労千葉は1999年から20年間外注化阻止を闘ってきました。2000年に東労組が検修業務の外注化の協定を結んで、7~8年で全面外注化の最終段階にもっていくという議事録確認がされていた。しかし20年間それを許していない。7~8年で全面外注化、転籍という攻撃だったのです。
2000年のシニア協定に対して三十何人も組合員を解雇されながら20年間闘ってきた。闘えば絶対勝てる。しかも検修業務の外注化先であるCTS(千葉鉄道サービス)、しかもCTSの最大の事業所である幕張で、関委員長が会社派候補に42票の差をつけて職場代表選挙に勝った。次の選挙では他のいくつかの事業所でも必ず勝てると思っている。必ずこの攻撃は粉砕できる展望が生まれる確信を持っています。改憲阻止闘争と一体で闘っていきたいと思っています。

★社会全体の支配の崩壊

これはJRだけの問題ではありません。社会は恐るべき形で支配の崩壊が起きている。例えば、政府が公的な424病院のリストを上げてこれを廃止する。理由は、団塊の世代が75歳を超えるのが2025年までで、こうしなければ国家財政が破綻するというのです。本来なら団塊の世代が75歳を超えるのだから病院を増やさなくてはいけない。それを病床を削るということは、簡単に言えば「死ね」ということなんです。医労連を潰して、「労組なき社会」を作らなければできないのです。
例えば「桜を見る会」でこれだけ問題になっている最中に、 教師の「年間変形労働時間制」という法案だけは通した。これもそのレベルで終わる話ではなくて、萩生田の「身の丈」発言ではないですが、 政府の教育政策そのものが全部崩壊し、この間の安倍の「公立小学校・中学校適正規模適正配置等に関する手引き」が2015年1月に策定されたことを通して、毎年500校の小中学校が潰れ、高校も潰れ、この10年間で5000~6000校が潰されたんです。そのたびに教育労働者は労働と精神疾患に喘いで、子どもは貧困に苦しみ、ご飯も食べずに学校に来る子どもが何割にもなっている。この現状を圧殺するには日教組を解体する。それだけが唯一貫徹する手段となっている。
郵政の職場では6~7割が非正規で、かんぽが問題になっていますが、人間の限界を超えるくらい、仕事がめちゃくちゃになっている。
つまりJRで「労組なき社会」 を貫徹して、たちまち社会に拡大することを狙っています。 だから単に関西生コンやJRの問題ではないということです。 全産別でこの二つを焦点にして立ち向かうことが求められている。
元の問題に戻るかもしれませんが、社会全体が急速に変貌し、反動化している。先日、幕張で行われた「武器の国際見本市」の主催者がインタビューで公言していますが「日本は解釈改憲で集団的自衛権を認めた。日本が最も優良な市場になっている」。明文改憲はクーデター、それに等しい事態が起きることは明らかです。社会の在り方が頭からつま先まで総崩れしようとしている。焦点が関生と国鉄・JRです。こういうふうに見なくてはいけないと思っています。

★2・16集会は関生・国鉄集会

今年は、当面の2・16集会を関生・国鉄に焦点を絞りきった集会としてやりきって、絶対に反撃にうって出ることから闘いを始めたいと思っています。
逆に言うと、すべてが可能性をはらんでいる時代に来たと考えています。労組交流センターが組織する様々な産別の課題、それもそれぞれの産別ごとに必死に議論して、今何が求められていて、自分たちはこうするんだという、その産別の政策・構想をちゃんと持つことです。自分たちはこれがしたいんだという明確な政策・構想があれば必ず獲得できると思っているので、それが今年一番求められていることだと思います。
何をしたいのかわからない集団には人は来ないです。闘いの政策・構想を作るというのは、主体の力量との関係が生じてくるから、そんな簡単なことではないのです。主体の力量が小さければ、なかなか構想を持つことができない。しかも構想を持つことは実践に踏み出すことです。理屈だけ言ってごまかせるとは違うところに踏み出すわけだから、苦しいことでもあるわけです。でもそれをやりきることができれば、「私たちはこれをしたい」「必ずこれをやります」と登場することができれば、それは必ず人を獲得できる。
そのことを年末の運営委員会では、「改憲阻止・労働運動の再生に向けた非常臨戦態勢」を交流センターとして宣言して、闘争本部を交流センターとして確立しようと議論し、決めたのです。どういうことかと言うと、もう一度、労組交流センターが闘いの中心となって、この下に、例えば星野闘争、入管闘争、婦民全国協の闘い、部落解放闘争、弁護士戦線、こういうあらゆる戦線・運動体を束ねる。
そして、貴重な経験、何十年と積んできた、それぞれの戦線・運動体が、この時代に自分たちが「これをするんだ」「これがしたい」という構想と政策を、喧々諤々の議論をしながらそれぞれが作れば、ここにも間違いなく多くの怒りが結集する。その土台を作っていく。産別、地域、各戦線の束ね役に交流センターがなって、これら全体が労働運動の再生になっていく。
議論を始めてちゃんと議論を組織できれば、この時代ですから「こうしたい」「ああしたい」という自由闊達な議論が百出すると思います。その中から、この新たな時代に通用する路線が生まれてくると思います。そういうことの中心になれる交流センターに飛躍していくことが今年の課題だと思います。
だから交流センター自身も全力を尽くして組織拡大に挑戦しなくてはだめですね。
2020年をそうした労組交流センターの飛躍の年にしていきましょう。当面、2・16集会を関生・国鉄にしぼりきった集会として成功させましょう。

特集, 闘い

Posted by kc-master