7・7八尾北医療シンポジウムが大成功

2019年8月28日

月刊『労働運動』34頁(0353号08/01)(2019/08/01)

7・7八尾北医療シンポジウムが大成功

(写真 八尾北医療シンポジウム)

7・7八尾北医療シンポジウムが大成功
灰垣 美佐子(八尾北医療センター労働組合書記長)

梅雨の晴れ間の7月7日、八尾プリズムホールにおいて「八尾北医療シンポジウム」が会場を満杯にして大成功しました。講演は3人の医師にお願いしました。
3・10福島医療シンポジウムでの出会いをきっかけにお招きした渡辺瑞也院長(小高赤坂病院)は、「福島原発事故被災当事者からの報告―原発事故被災地の健康被害問題と、それをないことにしようとする国の政策―」と題する講演です。
「安全神話にとらわれ数十年、原発事故によって自分も癌にかかり、そう長くはないと感じた残りの人生で、原発事故被災当事者として言わなければならないことがある」との命がけの訴えは、私たちの心を強く打ちました。
原発事故を「なかったこと」にする国の薄っぺらな中身とは全く違います!
山口研一郎院長(高槻・やまぐちクリニック、現代医療を考える会)は、「原子力の利用や生命操作へ突き進む現代の医学・科学」と題しての講演です。「2つの侵してはならない領域―原子核とDNA、どちらが先に人類を滅ぼすか」。その批判として元堀川病院院長・早川一光さんの「地域医療」を取りあげ、「地域におけるつながりが人々の生活や健康を支えてくれた」「人々が医療に求めているのは、人々を分断する医療技術ではないことを教えてくれた」と述べ、私たちは大いに共鳴し、教えられました。
最後に、主催者である八尾北医療センターの末光道正院長が、当日に何とか間に合ったパワーポイントを駆使して講演しました。住民が作った診療所の成り立ちから、京大バリケード闘争から西郡に家族で移り住んで医療を開始する経緯、その後は住民や看護師に教えられて医師として育てられていったこと。民営化に対して2000年労組を結成し、住民と共に闘い勝利したこと。その後の倒産攻撃との闘いでは「経営を黒字にする=金儲けの医療」ではなく「共に生きるための医療」を「協働」して作りだしていることを、具体的な中身・症例を出して展開しました。
【一例だけ、Mさんの症例  入院を繰り返していたが、関係者で症例検討会議を開き、毎日八尾北に来て検尿する、状態に応じて点滴する方針にした。この3年入院はなくなり、薬もほとんど必要なくなった。以前は入院で抗生物質を大量に投与されすぐ帰される。耐性菌ができる。また入院の繰り返しだった。Mさんの場合、結局、水をたくさん飲んでおしっこをどんどん出すことが一番の治療法だとわかった。薬漬け、検査漬けではない医療の実践です】。
2回の夏祭りを通して完成した『八尾北医療センター 闘いの記録』パンフが、大いに役立ちました。最後に、共に八尾北の医療を担ってくれる医師を求める呼びかけでしめくくりました。
後日、「7・7に参加して感銘した。八尾北の役に立ちたい」と電話が入りました。
新自由主義による医療破壊・健康破壊と闘って、共に生きる医療の具体的な中身をわかりやすく目に見える形で出せたこと、またそういう医療を求める渡辺先生、山口先生をはじめ多くの方々と交流できたこを大きな力にして、八尾北は頑張っていきたいと思います。