連載・職場における労働法と諸制度を考える 第3回 「焦点化する過半数代表者の存在 36 協定締結は労働者側の意向で決めるべき問題」
白井 徹哉(合同・一般全国協議会事務局次長) 月刊労働運動2020年3月号掲載
最近、会社が過半数代表者を勝手に選出するなどの「名ばかり労働者代表」が広がっています。なぜか。安倍首相が「70年ぶりの労働基準法の大改革」と言う「働き方改革」が関係しています。残業代ゼロ制度(高プロ制度)や裁量労働制などの多くが過半数代表者の同意が必要だからなのです。
就業規則の改悪による労働条件の不利益変更も過半数代表者の意見書が必要です。逆に言えば、過半数代表者が反対し続けた場合には簡単には不利益変更ができないのです。
選出要件の新規定
こうした事情もあって過半数代表者を選出する際に会社が指名するなどの不適正な取扱いが「名ばかり過半数代表者」としてマスコミや裁判などで問題視されるようになりました。これはマズイと厚生労働省は過半数代表者の選出要件について少し厳格化したのです(2019年4月1日から)。
従来、過半数代表者の選出方法は労働基準法施行規則の第6条の2に定められ、次の二要件を満たす者でなければならないとされていました。
①労働基準法第41条第2号に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと
②労働基準法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であること
これに加えて①と②の間に「使用者の意向に基づき選出されたものではないこと」という要件が追加されました。
使用者の指名2割
労働政策研究・研修機構による調査(6458事業所からの返答/17年実施)によれば、過半数労働組合がある事業所は8・3%にとどまり、過半数代表者の選出を行っている事業所の割合は
51・4%、選出自体を行っていないが36%でした。
過半数代表者の職位は、「一般従業員」49・4%、「係長・主任・職長・班長」33・5%と合計8割近くですが、他方、管理監督者に該当する「課長・部長・工業長や支店長」も13・4%となっています。
過半数代表者の選出については、一般従業員だけでなく、管理監督者やパート、アルバイト等も含めたすべての労働者の意向を反映させることができる民主的な手続きが必要です。
実際の手続きの実施状況は、同調査によれば、「投票や挙手」30・9%、「信任」22%、「話し合い」17・9%です。しかし「使用者の指名」21・4%、「親睦会の代表者等が自動的になる」6・2%もかなりの割合です。信任でも実際には使用者が決めたケースが54%もあります。
結論的に言えば、会社が指名した者や親睦会の代表が自動的に過半数代表者になるのは適法ではありません。労基法施行規則第6条の2「(過半数代表者は)使用者の意向に基づき選出されたものではないこと」に違反します。使用者の意向に基づき選出された過半数代表者はだめだという指摘は、ちゃんとした職場代表選挙に持ち込む武器になるはずです。
電通事件の例
過半数代表者が適法に選出されていない場合、36協定は無効であり、残業命令は違法となります(36協定は労基署への届出と職場での周知も必要)。
2015年12月に女性新入社員が過労自殺した電通事件では、捜査の過程で、組合員数が過半数に達していない社内労働組合が労使協定を結んでいたことが明らかになりました。36協定が実は無効で、なおかつ無効な36協定を超える長時間労働を強いていたのです。
電通は「正社員の過半数は(正確に言えばユニオンショップ協定で正社員については全員が)労働組合に加入しているものの、(ユシ協定対象外の)有期雇用の社員が増加したため、全体では条件を満たしていなかった」と釈明しました。
過半数労働組合は、雇用形態にかかわりなく、その事業所で雇用されるすべての労働者の過半数で組織する労働組合でなければなりません。過半数でない場合は、過半数代表者を選出して労使協定を締結しなければ有効な労使協定とはなりません。無効な36協定のもとで1分でも残業させれば、労働基準法32条違反になります。ユシ協定を結んでいるのに非正規雇用を増やしすぎて過半数割れしたとは本当にでたらめな話です。結局、電通事件では「故意ではなかった」としてこの部分の立件は見送られました。
違法な残業命令に
36協定の有効性をめぐり有名なのは「トーコロ事件」。残業命令の拒否を理由とする解雇の有効性が争われた裁判です。
トーコロ社の36協定は、労働者代表を全員の話し合いで選出したとして営業部の社員の名前が記されていました。しかし実際には「友の会」代表が自動的に労働者代表にスライドしただけでした。友の会は単なる親睦団体であり労働組合ではないので、過半数労働組合には該当しません。また全員による話し合いの実態もなかったため36協定は無効と判断されました。
このため残業命令が無効となり、無効な命令を拒否したことを理由とする解雇も当然に無効と判断されたのです。
繰り返しになりますが「親睦会の代表や一定の役職者が自動的に代表となる」「一定の役職者の間での互選」などで選出された過半数代表者はNGです。
もう一つ重要なことは、36協定を締結するかどうかは労働者サイドの意向で決めることだということです。労働者側(過半数代表者)は36協定の締結を拒否することもできるのです。
過半数代表者は会社の言いなりで署名しハンコを押すロボットではありません。したがって、使用者の意向を排除した、労働者の自主的で民主的な選出方法は当然のことなのです。