関西生コン型の労働運動とは何か  木下 武男(元昭和女子大学教授)

『月刊労働運動』3月号に掲載

2月9日に東京都杉並区で行われたドキュメンタリー映画『棘』「ひとの痛みは己の痛み」の上映会の後、行われた木下武男さんのトークを抜粋して紹介します。

武さんとの出会い

昭和女子大学で教員をやり今は退職し、業種別職種別ユニオン運動研究会の代表をしております。映画では武さんの横の方で脇役のようにいたのが私です。あの場面は「研究会」の例会での一コマです。
ユニオン運動研究会は2017年に発足しましたが、その年の頃、関西生コンへの弾圧がかかりそうだという話を聞きました。研究会として対抗策で何ができるのかということで、関西生コン関連講座を8月、9月、10月と連続して開くことにしました。関生支部への弾圧の反撃は、関生の運動を多くの人にわかってもらい、そのような運動を広めることだと思ったからです。
最初の2018年8月25日に武委員長をお呼びしましたが、その3日後、28日に逮捕されるという事態となりました。9月に西山さんをお呼びしてバラセメント業界の運動の話を聞きました。またしても逮捕される事態となってしまいました。
この研究会を立ち上げたことが、私と武さんとの出会いにも関わります。武さんとは、2016年、『関西地区生コン支部労働運動の50年史』という組合史が出版され、出版シンポジウムが東京でありました。私も呼ばれて、武委員長も来られて親しくお会いしたのが初めです。
その時、武委員長は「関西生コンのような運動を全国化したい」と切におっしゃられて、私はその言葉を真剣に受け止めることができました。私も思っていたことだったからです。

業種別職種別ユニオン運動の開始と関西生コンの運動

私は『日本人の賃金』(平凡社新書)を1999年に出版し、そこでも紹介していましたが、関西生コンの運動にかねてより注目していました。
関西生コンのような運動を広めようと、2010年代に入り、若者で業種別に運動を作ることを提唱していました。その当時に作られたのがエステのユニオンです。「たかの友梨」の争議はメディアに大々的に報道されました。あの争議をやった若者たちは、私が関西生コンの運動を業種別ユニオンと読み替えて、業種別の視点で運動を展開することを強調し、それを積極的に受け止めた者たちです。
その後も、個人指導塾があります。これも業界問題で、個々の企業に限らず共通の問題があります。経営者はコマ給制度のように同じようなやり方で管理しているのです。団体交渉をやって、複数の組合を作っていました。つまり武委員長の提唱の前に、関西生コンのような運動は可能だし、芽が出ていると強く感じたので、私は武委員長の話を積極的に受け止めることができました。
映画の研究会例会の場面ですが、若者が質問しましたが、「地道にやるんだよ」って武委員長が言っていた。あの若者が今、若者の総合サポートユニオンという労働組合の代表をしております。他にも質問をした若者がいて、自動販売機の運搬と取り替えの作業のベンダーの労働者です。武さんに丁寧な返事をしてもらった。ベンダーの労働者たちは去年2月にベンダー産業別ユニオンを結成しました。ジャパンビバレッジの企業など、コカコーラ系やサントリー系など3~4つ組織して、集団交渉まで至ってないのですが、複数の企業と団体交渉をやっています。
これも業界問題です。自動販売機が多すぎる。これが労働者の長時間労働、過酷な労働になっているので、自動販売機を減らそう。減らすには業界問題だから一斉に業界で足並みそろえてやらないといけない。まさしく、武委員長が言ったように業界問題に切り込んでいく、この運動は若者のベンダー産業でも、コンビニなどいろんな業界でも今起きています。
そのように芽生えつつある現状から武委員長の提起を積極的に受け止め、それを業種別職種別ユニオン運動研究会という形で具体化しました。その時に武委員長が来て、3日後に逮捕されたのです。あの映像は私にとっても意義深いし、監督と撮影カメラマンの腕が良いのか、研究会の場面を含めてとても良いシーンが撮られていると思いました。この集会について「今時の労働運動の集会にこんなに若者が集まってるのはない」と言った人がいましたが、武委員長も自分の思いを若者に伝えたいという必死さが、私には感じられました。とても良い集会だったなと思っております。

関西生コンへの弾圧とは

では、なぜ逮捕されたのか。映画にもあったように、労働組合の権利を踏みにじる、憲法28条を形骸化していく動きであることは確かです。
私が言いたいのは、武委員長が言っていた「関西生コンのような運動とは一体何なのか」があまり理解されていない。私が武委員長に成り代わってお伝えすることが役割だろうと思っていろんな所でお話ししてますが、割と難しいのです。
その話の前に、2010年関西生コンの大ストライキは非常に影響が大きかったし、経営側にもインパクトがあったので、紹介します。2010年7月から173日間ストライキやりました。その時、大阪のゼネコンの大きな現場3つを止めました。それは8割の建設現場の仕事がストップする規模でした。一つは生コン、後はバラセメント、そして圧送です。
生コンの仕事のことを話します。生コンというのは、セメントと砂利と水を混ぜて生コンクリートを作る。それを現場に1時間以内に持って行かないと固まってしまう。生コンのセメントをセメントメーカーから生コンの工場に運ぶのがバラセメント労働者です。生コンを現場へ運搬するのが生コン運転手で、その生コンを建設の現場で流し込む仕事、打設というのですが、これが圧送労働者です。大きなパイプを何本もロープで束ねて走っているトラックを見ると思いますが、それが圧送の労働者です。その3つともが小さい業界だけど、その業界の労働組合が団結すれば、長期のストライキでゼネコンの現場止めることができるのです。業界や業種で団結すればそれだけの力を発揮します。そのやり方が、「生コンの運動のような」と武さんが言ったものです。

労働者同士の競争をさせない

労働組合の原点に闘ってきたその運動とは何かの話ですが、根本は映画で武洋一さんがおっしゃられてましたが、「競争をやめさせる」ということです。この言葉は当たり前のようですが、日本の労働運動になかなかないのです。政府が悪い、経営者が悪らつだ、だから労働者の状態が悪くなっている。よくそう言われます。確かにそうですが、もっと労働者の内部に目を向けることです。根本は労働者同士が足を引っ張って、競争しあっている。それをやめさせる、これが労働組合の原点です。
どうすればいいのか。例えば皆さんがアルバイトをしなければと思ったとき、コンビニなんかでアルバイト募集中の張り紙を見ますね。そこで職に就きたい人は、Aさんは800円でもいい、Bさんは1000円でもいいや、Cさんは1200円でないとイヤだ、いろいろな人がいる。そのとき雇い主は「800円でいい」というCさんを雇うのです。それが競争です。
「1200円じゃないと働かない」と言った人には絶対に職がない。だから競争に負けてしまう。じゃあ「最低1000円にしましょう」、これが労働組合の原点で、関生運動です。
「1000円」を、経営者団体と労働組合が団体交渉して決める。例えば、コンビニエンスストアの多くの企業で労働組合を組織する。コンビニ業界と団体交渉して、「1000円でないと働きません。約束しましょう」と労働協約で取り結ぶのです。
これが競争規制の原点ですが、このような個人同士の競争だと分かりやすい。だけど、A社、B社、C社、D社になると、企業同士の競争に労働者が巻き込まれてしまう。バイト募集の張り紙のように見えるものではなくなってしまいます。なぜなのか。見えなくなってしまうのは、コンビニのアルバイト募集の賃金のように、時給でいくらとはならないからです。企業の賃金は、年功賃金で、年齢や勤続や能力、男女差で、企業ごとにバラバラに決められます。ここが関生運動の肝心要のところです。映画のなかで武洋一さんが「ミキサー車何万、バラセメント何万」というように説明されていました。どの会社でも、生コンの運転手は1日何万円という決まりにしていく。
これはなかなか難しい。なぜなら、仕事を基準にして同じにすることが日本では理解されないからです。しかし、資本主義の社会では、労働者は自分のただ一つの財産である労働力を商品として売って、生活しているのです。商品の値段をA社、B社、C社という企業ごとではなく企業を超えて決めてしまうということを関西生コン支部はやったのです。
これが企業同士が競争し合っている中でとても重要なことです。企業同士の競争に、企業が勝ち抜くのは簡単なことです。自分のところの労働者の賃金を下げて、労働時間を長くして、労働者をこき使えばいいからです。これが日本の労働者の悲惨なところです。
関生支部の運動はこれに挑戦したのです。会社を超えたお値段なんぼの基準をつくらなければならない。そしてA社だけと交渉するのではなく、全部の企業が交渉に出てきなさい。アウト企業というのがあります。この集団交渉に出てこない企業がアウトです。出てこない企業に対して、武さんたちは徹底的に攻撃する。それは産業別統一闘争で当然であり、海外でもインダストリアル・アクション(産業闘争)と言っています。日本ではこれに警察権力が敏感に反応するのです。企業別組合が、会社の中でテーブル叩いて交渉しても、そんなに言わない。だけど産業別組合のところで、集団交渉に来させるために、アウト企業に「お前こっち来い」と言ったときに弾圧がくる。企業を超えて労働組合がまとまり、そして経営者をまとめ、相互に交渉し合って決めていく。このことを日本の経営側と権力が恐れているのです。
武さんが関生運動を全国化したいというのは、これなのです。これが多くの産業・業種・職種に広がったらどうなりますか。例えば、トラックやタクシー、ダンプ、バスの職種の賃金はいくら、エステの労働者はいくら、ベンダーの人はいくら、保育士、介護士、看護師、IT技術者などなど、これができてしまいます。そうすると関西生コンの労働者の労働条件のように上がっ
ていく。これが日本の経営者は怖いのです。これが、弾圧の背景なのだと私は思っています。

生コン以外でもできる―プロ野球選手会も

こういう労働組合は、ヨーロッパでは常識ですが、日本ではほとんどないです。関西生コン支部は例外的だと思いますが、ないわけじゃない。プロ野球選手会です。プロ野球労組ですね。職種別結集という点で親戚なのです。2004年近鉄とオリックスが合併で一つになることに反対して闘ったのです。プロ野球労組です。プロ野球選手という一つの職種のまとまりで団結したのです。あの時、古田会長だった。プロ野球労組は、業種別職種別ユニオンです。プロ野球機構という経営者団体を団体交渉の相手にしています。
今も団体交渉をやっています。1軍の選手、1430万円、2軍の選手、420万円年俸です。二軍の下積みの選手、その人たちの賃金を上げるために、彼らはひたすら頑張って交渉している。球団別ではなく全球団に同じような労働条件で規制する。関生方式です。

重層的な下請け構造を逆手にとった武委員長の生コン方式

このようにすれば、日本の労働者の生活や労働条件は向上していく。日本的経営が華やかりし頃、年功賃金でみんな自動的に賃金が上がった。今でも連合の大企業は上がっています。しかしそうでない人たちが圧倒的に増えた。重要なのは、これまであげた業種の人たちは、業界の構造によって労働条件が大きくは決まるということです。一つ一つの事業主が儲かった、儲かってない。そうじゃないのです。生コン業界はセメントメーカーはセメントを高く売りつけられる。作ったものを売る相手はゼネコンで買い叩く。両方から挟撃されて、セメントは高く、作った製品は安くなる。この業界の構造を変えるために武委員長は業界で頑張ったのです。協同組合で業界をまとめたが、まさに今の攻撃はこの協同組合にかけたのです。中小の企業が協同組合を作って大資本と闘っていく。これが日本の経営者にとって一番怖い。なぜならこのやり方は、日本の重層下請け構造にメスを入れることになるからです。これをもし建設産業でやられたら、下請け構造の収奪で儲かってるゼネコンが打撃を受ける。運輸産業もそう。だから下請け構造でやってるところでは、業界ごとにまとまって大企業と闘っていく、これが武さんが言ってる、中小業者と一緒に闘うこと、一面闘争・一面共闘という根本なんです。
欧米では重層的下請け構造は基本的にはありません。商取引がフェアだからです。日本はアンフェアで構わないのです。元請けは下請けを買い叩くのです。武委員長は生コン業界をまとめて大企業と闘う方式を編み出したのですが、日本的な環境のもとで「本当の労働組合」を根づかせようとする、ここが非常に優れた発想だったと思います。
関生方式で注目すべきところは、個々の企業ではなく、業界の構造にこそ労働条件の根源があることに目を向けさせたことです。コンビニ業界でもエステも自販機もそうです。自治体の非常勤職員も同じことです。
春闘はうまくいかない、労働運動もどうやっていいか分からない。だけれども、生コンのように闘えば出来るということを教えています。このような時代のなかで、関西生コン方式はまさしく一点の光だったのです。私たちも出来るかもしれないお手本を示した。絶対に火を消してはいけないし、我々も支援して、もっと関西生コンのような労働運動を広げていく。これが日本の労働運動がずっと後退していく中で切り返していくステップになると思っています。
東京でも支援する会を作ろうという動きがありますので、直接に支援するのはもちろん、同時、関生の運動に学びながら一緒に闘っていければと思いながらこの映画を見ました。