産別・戦線の闘い第22回 自治体労働 2018年特区連人勧闘争とは何だったのか

2019年7月31日

月刊『労働運動』34頁(0349号12/01)(2019/04/01)

産別・戦線の闘い 第22回
自治体労働者の闘い
2018年特区連人勧闘争とは何だったのか

(写真 2月8日自治体労働者学習会)

東京労組交流センター自治体労働者部会

 昨年10月、特別区(東京23区)人事委員会が史上最悪の賃下げ勧告をし、特区連の労働者が決起して実施を阻止しました。
 「2018年特区連人勧闘争とは何だったのか」の文章が、東京労組交流センター自治体労働者部会から寄せられました。

賃金問題学習会を開催

 前代未聞の特別区人事委員会「月平均1万円の賃下げ勧告」に対し、「実施させない」という形で勝利を勝ち取った特区連賃金確定闘争でしたが、実は問題は何も解決していません。前年に妥結した新人事任用制度による給料表が、そのままだからです。それまで8級だった給料表が6級に再編され、2級から1級に下がったり、3級格付けされていた人が2級に下がったりしたため、役職ごとに民間と給与比較すると大幅な差が生じた――これが賃下げ勧告の真相なので、今の人事任用制度のままでは、また来年度も、同じことの繰り返しになってしまうのです。
 そこで特区連執行部は、「有資格者は係長になろう、手を上げよう」という方針を出しました。実際に執行委員や組合役員が、「昇格」しています。給料を上げるためには「昇格」するしかないのだと、相手の土俵に乗った形であり、組合の方針としてはどうも違和感を感じてしまいます。
 では、私たちは部会としてどういう方針形成をしていけばいいのか、とりあえず学習会から始めようということになり、2月8日に開催しました。

賃金の背景には社会情勢

 学習会でわかったことは、戦後間もない時期から「道州制」とともに「首都・東京」の行財政を政府直轄で行うことが狙われていたこと、1964年ころまでは「部長」職はなかったこと、1957年通し号俸制給料表廃止から13年間にわたる任用制度改善闘争で、1970年にはついに「吏員昇任試験」を廃止させたこと、しかし1985年勧告の分断給料表で、「主任主事試験」制度が導入され、試験制度が復活してしまったことなどです。総じて、政治・社会情勢によって、労働者階級と支配階級の力関係が大きく動くとき、任用制度とそれに連動した賃金制度が改善あるいは改悪される――という流れがわかってきました。
 1946年、敗戦の翌年には、都労連と都職労が結成されます。戦後革命期のいぶきの中で、平等な「通し号俸制」がとられていたと思われます。それが一転、国家公務員の俸給制度改悪の翌年から身分制度の色濃い任用制度にされたのでしょう。「吏員(5等級)」「雇員(6等級)」という差別に対し、都職労青年部が問題提起して闘いは開始されました。10年がかりと時間はかかったものの、おそらく70年安保闘争の熱い闘いを背景にした大衆的動員の力で、「吏・雇・傭員制度」はついに廃止されました。
 しかし1985年、新自由主義攻撃の始まりとともに、人事委員会は任用制度改悪の給料表を勧告します。任用制度をめぐる当局との労使協議が始まったばかりなのに「許せない背信行為」として、特区連は激しく抵抗しますが、越年闘争の末、翌年3月に妥結。
 新たな「特5等級」昇任選考(短期)は各区事項とし、87年から「主任主事試験」が実施されます。
 そんな大きな流れの中で今回の勧告を考えると、2017年の勧告で翌年から実施された新人事任用制度は、まさに戦争情勢下における「団結破壊・労組破壊」攻撃だったということが見えてきます。「ストライキのない社会」からさらに「労働組合のない社会」にしないと「戦争」はできない――特に、自治体労働者が労働組合の団結で戦争協力を拒否するなどということが起きてはならないと、危機にある支配階級は明確に意識していると思われます。

賃金闘争は「階級闘争」

 人事委員会は特区連との交渉の中で「年功的な給与から職務に応じた給与にしていく」と述べています。「賃金」を使って分断を持ち込み、組合の力を弱めていこうとしているのです。教労部会の仲間の話では、教員の給料表はすでに「校長、副校長、主幹、主任、…」と職務によって分かれ、昇格しないと賃金が上がらない。しかも勤務評価制
度で縛られ、協同でなく競争が強いられて団結が破壊され、組合の組織率が下がり、職場がよりブラック化していく状態なのだと。大きくはこうした流れに、特別区もしていきたいということだったと思われます。
 しかしながら今回の勧告は、東京23区自治体労働者の中に今も労働者階級としての意識と団結が存在していることを、逆にはっきりと示すきっかけとなりました。
 私たちの学習会に参加した新しい仲間は、「もうこの給料表に決まってしまうのかと思っていたところ、佐藤さんがストライキを求める署名を提起した。闘っていいんだ!と思った」と発言しています。前年の任用制度改悪については、ほとんど闘いらしいことができなかったものの、今回の史上最悪の勧告が出された結果、新たに闘いに立ち上がる労働者が生まれたのです。これは、大変重要なことではないでしょうか。
 支配階級にとって、賃金制度は支配の道具です。カネを使って差別を持ち込み、団結破壊・労組破壊をしかけてきます。こうした攻撃に対し、労働組合が真正面から対決した時はじめて、問題の本質が「総労働対総資本」という階級闘争にあるのだと、誰の目にも明らかになります。しかし相手の土俵に乗って、何か落としどころを探るような方針をとると、ことの本質が見えにくくなり、結果、一歩一歩後退してしまうのだと思い
ます。
 今回の確定闘争は、あまりにもひどい勧告内容だったため、特区連をしても真正面から対決せざるを得なかった。組合員以外の署名も多数集めるなど、広範な怒りを組織して「労働組合が闘って勝利した」経験を得たことは大きな成果です。その中から、前述のような労働者が私たちのもとに結集することも始まりました。
 賃金闘争を正面課題に据え、その中から階級的労働運動の潮流をつくる挑戦に打って出る時がきたのです。

どういう職場にするのか

 今回の学習会で驚いたのは、1960年代初めまで「部長」がいなかったということで、助役の下にすぐ課長が置かれていました。しかも「部制」導入にあたって、組合は「人事管理の強化・労働強化・組合活動の圧迫」=合理化の象徴であるとして批判しているということです。分掌する法律や条例の範囲から、課長はある程度実務を伴うけれど、部長は「指揮監督の専門屋」でしかない。だから労働強化をもたらすし、住民サービスより上司のほうを向いた仕事をせざるを得なくなる……との記述があります(北区職労青年部機関誌『北友』1965年5月号)。
 今回の任用制度、発端は「係長を増やすにはどうしたらいいか」だったのですが、当局側から「係長にならないと給料が上がらない制度」にされてしまったことに、何の批判もなく「係長になろう運動」に方針転換している(ように見える)特区連執行部には、「どういう職場にしたいのか」を問いたいものです。50年以上前の組合にはあった、管理強化や合理化に反対する意識は、どこへ行ってしまったのでしょうか。
 特別区は、都や他の市町村、政令市に比して、係長以上の職員数が少ないから増やすのだと言われていますが、行っている仕事の性質が違うのではないかと考えます。
 都道府県や国では、住民と直接接触する仕事は少なく、他の行政や事業者に対する管理監督業務が多いため、管理職の数も多くなっていると思われます。また、市町村と比べると、同じ業務でも23区は対象数(人口)が圧倒的に多いため、担当課職員の数が違います。人口の少ない市町村では、一人で複数の担当業務をこなす場合もありますが、23区ではそうではなく、当然、係員の数も多いのです。例えば保育園では、園長が係長です。1つの園に複数の園長が必要でしょうか。
 単純に比較して係長職が少ないとしても、だからみんなで係長になろうという結論にはならないと思います。「係長は係員5~7人、課長は5人以内の係長、部長は4人以内の課長を指揮監督する」というのが「特別区の行政事務近代化実施の一般的基準案(都行政部)」として出されていたと、前述の機関誌『北友』にありました。この基準で計算すると、係長以上の比率は20%ほどにしかなりません。時代が変わり、職務が複雑
化して、職員の高学歴化が進んだと言いますが、「役職に応じた賃金」という考え方に無批判に乗っかって、「生活給」という、労働者にとっての賃金の考え方が消失してしまっていることを危惧します。
 大卒新規採用5年で試験に受かれば「主任(係長補佐)」になる……今でこそ、旧制度による大量の主任(多くは高い年齢層の職員)がいますが、将来的には「定数管理」されることになるのです。やはり意識の面で、新たな職層ができるということでしょう。「部長」ができるというだけで「管理強化だ」と批判していた時代もあったのに、「係長補佐」がつくられることにまったく無批判なのはどうしたことでしょうか。

「労働の奪還」かけて

 管理監督業務のほうが上(だから給与が高い)とする考え方に、組合までが同調していたら、民営化・委託化攻撃に対抗できるわけがありません。国は公務員の仕事を「企画調整、公権力の行使」などに限定し、実際の業務は委託業者や非正規公務員がやればいいとして、自治体の窓口業務の委託化などが進められています。組合は、そんな考え方自体を粉砕すべきではないでしょうか。
 昨年末、練馬区の図書館で、指定管理者制度導入反対を掲げてストライキで闘おうと立ち上がった「練馬区立図書館専門員労働組合」発行の資料から紹介します。
 「私たちは、図書館業務に根幹と非根幹があるとは考えていません。総てが図書館の大切な仕事です。『カウンターに立つこと』は、私たち司書が図書館業務を理解するために、なくてはならない仕事です。貸出と返却のスキャン業務をすればよいのだろうと言われればその通りですが、その一見単純な反復作業のなかで、司書は自館利用者の動向と好みを知ります。返された本の傷み具合から買い替えや除籍のときを悟り、予約受付作業の過程で、利用者にとってわかりにくい、不親切な書誌を発見します。全国どこへ行っても、司書は皆、こんなふうに利用者の顔を思い浮かべ、利用者から様々なことを教えられて仕事をしています。カウンターは私たち司書の大切な舞台なのです」
 「単純な反復作業」としてカウンター業務を委託する行政に対し、図書館労働者の誇りをかけて「業務に根幹も非根幹もない」とする訴えに共感します。業務をバラバラにして一部分を委託するなどの攻撃に対し、労働組合は労働の奪還かけて闘わなくてはなりません。

青年とともに

 新人事任用制度に対して特区連は、すでに主任主事である人が不利益を被らないようにすることに腐心しました。一方で、青年の要求については、あまり問題にしようとしていなかったと思います。「吏雇傭員制度」廃止、「主任主事制度」導入にあたっては、青年を主体に長い時間をかけた闘争があったのと対照的です。今回の人勧では、若年層は民間との比較上、差があまりないため、問題点が見えにくくなっていました。しかし実は、長い期間影響を受ける青年層こそ、この攻撃の当事者なのです。仲間同士分断され、競争にさらされるのは青年たちです。組合執行部の高年齢化と青年部の弱体化が背景にあるとはいえ、攻撃の本質をどうとらえるかの問題でしょう。
 青年の立場からの問題点を提起することが問われていると考えます。
 公務員労働者は人勧体制の中で、自分たちの賃金は「民間準拠」だから、民間が厳しいときは下げられても仕方ないんだと思い込まされてきました。しかし考えてみれば、民間が厳しいのは、労働組合の力が後退した結果なのです。支配階級との力関係をひっくり返すような、政治闘争を含めた荒々しい闘いの先頭に立つことで、自分たちこそが賃金闘争の主体となるべきなのだと、課題は鮮明になりました。
 青年の心に響く闘いをつくり、労働組合つぶしの新人事任用制度を粉砕しよう。自治体労働者は団結して、戦争協力を拒否しよう。東京労組交流センター自治体労働者部会は、労働者階級の利害をかけて全力で闘います。

(写真 昨年11月29日特区連総決起集会)