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安倍政権の「働き方改革」を撃つ!

月刊『労働運動』34頁(0336号06/01)(2018/03/01)


安倍政権の「働き方改革」を撃つ!

白井 徹哉(国鉄闘争全国運動事務局長)

 安倍政権は、昨年秋の総選挙で先送りとなった「働き方改革」関連8法案を今国会で成立させようとしています。結論的に強調したいのは、この法案は、資本家階級のとてつもない自己矛盾の現れであり、何よりも労働者の団結した闘いが始まることへの強烈な危機感を示しています。
 戦争・改憲・天皇制攻撃に突き進む安倍政権が、労働組合運動の解体を狙ってかけてきた改憲と一体の戦後労働法制解体の大攻撃ですが、他方で労働運動の変革と再生の可能性を教えてくれます。

①労働基準法
 残業時間の上限規制▽裁量労働制の対象拡大▽高プロ制度▽年休取得促進▽罰則
②じん肺法
 産業医・産業保健機能の強化
③雇用対策法
 働き方改革の理念を定めた基本法「労働施策総合推進法」に改称
④労働安全衛生法
 研究開発職と高プロ社員への医師の面接指導
⑤労働者派遣法
 同一労働同一賃金
⑥労働時間等設定
 勤務間インターバルの努力義務改善法
⑦パートタイム労働法
 同一労働同一賃金。「パート有期法」に改称
⑧労働契約法
 有期雇用を理由とした不合理な労働条件の禁止規定を⑦に移す

法案の具体的内容

 「働き方改革関連法案」は、8法案を一括して一つの法案にしたものです。8法案と改定の主な中身は左表の通りです。

「働き方改革関連8法案」は、大きく次の3つが柱です。

残業代ゼロ法と裁量労働制の拡大=8時間労働制の解体

 第一は、高度プロフェッショナル制度(残業代ゼロ法)の新設と裁量労働制の大幅な拡大です。その意味するところは、労働基準法にある労働時間規制=8時間労働制の撤廃です。

▼残業代ゼロ法

 高プロ制度は、2007年に労働契約法と一緒に制定するはずだった「ホワイトカラーエグゼンプション(WE)」そのものです。ホワイトカラー労働者に対する労働法の適用を除外する制度です。
 労働基準法は、原則として週40時間、1日8時間以上の労働を禁止しています。「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」の罰則もあり、労働基準監督署による行政指導の対象です。職場の過半数代表者(労働組合)と協定(36協定)を結び、労基署に届け出ることではじめて労基法違反を免れる効果が発生します。さらに25%以上の割増賃金が必要となります。これも非常に意味がある規定です。
 法案には「労働基準法第4章で定める労働時間、休憩、休日、深夜の割増賃金に関する規程は、対象労働者については適用しないものとする」とハッキリ書いてあります。労働基準法の労働時間規制をそっくり適用除外にするということです。
 対象業務は〈時間と労働の成果の関連性が高くない業務〉を省令で指定すると言っていますが、非常に曖昧な規定なので簡単に範囲を拡大できます。適用要件として当面は年収1075万円以上となっていますが、経団連は400万円が望ましいと言っています。
 高プロ制度とセットで罰則付きの時間外労働=「残業時間」については、上限規制を設けると言っています。しかし過労死ラインの80時間を超える100時間が上限です。実効性はともかくとして、36協定には、〈週15時間・月45時間・年360時間〉の「時間外労働の限度に関する基準」が設けられ、労基署が助言・指導することになっています。100時間が合法化されれば、この基準(と労基署による指導)は完全に空文化します。

(写真 朝日新聞より転載)
▼裁量労働制の拡大

 法案には裁量労働制の拡大が盛り込まれています。実際に働いた時間にかかわらず、あらかじめ定められた時間を働いたとみなす制度です。現行制度では「専門業務型」と「企画業務型」の2種類があって、前者は新聞記者や弁護士などの専門職が対象、後者は新規事業の企画・準備などが対象です。現行制度では必ずしも対象業務は広くありません。
 今回、企画業務型の対象業務に「課題解決型の開発提案業務」と「裁量的にPDCAを回す業務」を追加するとしています。ほとんど意味不明の言葉ですが、「課題解決型の開発提案業務」は法人を顧客とした営業職を指し、「裁量的にPDCAを回す業務」はPlan(計画)→Do(実行)→ Check(評価)→Action(改善)のことで、つまり中間管理職だけではなく、班長・チームリーダーレベルまでの人を裁量労働の対象にするということです。
 安倍首相は国会答弁で「裁量労働制の労働時間は一般労働者よりも短い」とデマを言い、結局、撤回・謝罪しました。実際には、裁量労働制で月40時間の残業とみなされた労働者が150時間近い残業で過労死した労災事件も発生しています。
 営業職と中間管理職の多くが裁量労働の対象になるとすれば、その対象者は膨大です。「名ばかり管理職」「定額固定残業制」なども合法化され、企業の裁判リスクはほぼなくなるとも指摘されます。
 8時間労働制をめぐっては、国鉄分割・民営化の年である1987年の労働基準法改悪で労働時間規制の弾力化(規制緩和)が打ち出され、変形労働時間制が拡大され、フレックスタイム制と裁量労働制が新設されました。1998年には企画業務型裁量労働制が新設されました。それでも8時間労働制の「建前」だけは維持していました。今回の攻撃は労働時間を規制するという考え方そのものを破壊の対象にしています。重大な転換です。

同一労働同一賃金 賃金の個別決定化=賃金の集団的決定の解体

 第二に、「同一労働同一賃金」です。非正規労働者のあまりにひどい現実とあいまって「同一労働同一賃金」の言葉の持つイメージの強さに幻惑されますが、端的に言えば「賃金の個別決定化」です。逆の言い方をするならば「賃金の集団的決定の解体」です。
 働き方改革実現会議が2016年12月に決定した「同一労働同一賃金ガイドライン(指針)案」を読むと、基本給は、職業経験・能力、業績・成果、勤続年数に「一定の違い」があれば額に差があっても容認されると書いてあります。賞与(一時金)も「会社への貢献」で格差をつけることを認めています。「明確な基準があれば格差は不合理ではない」「同じ仕事でも幹部候補生とパート社員の格差は問題ない」「交通費、更衣室や食堂の利用は格差を解消した方が良い」というものです。
 いわゆる日本型雇用への攻撃は数十年にわたって続いてきましたが、それでも生活給や勤続給・年齢給、あるいは時間給の地域相場において、賃金の集団的決定という要素はありました。それを解体するのが「同一労働同一賃金」です。〈同一の職務内容ならば同一の賃金であるべき〉とはまったく違います。
 「働き方改革関連法」の「同一労働同一賃金」は、能力主義の評価制度を極限化するものです。
 確かに個々の労働者の職業経験・能力、業績・成果、勤続年数は文字通り千差万別です。しかし、それをもって不合理とされない範囲で賃金を個別決定すれば良いのだと言っているのです。「同一労働同一賃金」は、労働者が団結して賃上げを要求することの対極にある賃金制度です。何より賃金の集団的決定の解体だと強調しておきたい。
 とはいえ、非正規労働者のあまりにひどい現実を打開するかのような幻想を煽りながら、分断と競争で最底辺へ突き落とすやり方は絶対に続かない。労働者の怒りと要求は収まらない。結局、労働者が団結して闘う以外に大幅賃上げの道はないという問題に行き着くのです。

雇用対策法の全面改定=「労働生産性の向上」を掲げ、雇用対策法の根底的破壊

 第三ですが、今回、急浮上したのが雇用対策法の全面改定です。名称を「労働施策総合推進法」とし、労働政策の目的を「労働生産性の向上」「多様な就業形態の普及」「評価に基づく処遇」などに置くといいます。
 雇用対策法は、雇用政策の基本法として位置づけられる法律です。この基本法のもとに雇用安定法や雇用保険法、育児介護休業法や高年齢者雇用安定法などの個別法がある。憲法の勤労権に基づき、労働者の完全就業に向けた国の責務、事業主の努力を定めた法律です。この法律のもとにハローワークの設置や雇用保険の給付、各種の雇用継続給付などの雇用政策が行われています。
 この雇用対策法を、雇用を破壊し、労働法が適用されない「多様な就業形態の普及」=非雇用型の就業のための法律として位置づけようとしています。「兼業・副業」「フリーランサー(個人請負)」のような時間や場所、雇用契約にとらわれない柔軟な働き方が選択できる社会をつくるのだと説明しています。
 インターネットを通じた仕事の仲介事業が急速に拡大し、〝雇用契約によらない働き方〟が増加しています。例をあげれば、もともと「1点1万円から」が相場だった広告用イラストが、クラウドソーシング経由による〝会社員の副業や主婦の参入〟で「1点500円から」に買い叩かれるケースが生じているとの報道もあります。
 雇用対策法の全面改定によって「多様な就業形態の普及」を「国の施策」の一つとして位置づけることは、長年にわたる階級闘争で勝ち取ってきた労働者としての権利を剥奪し、個人請負化するものであり、労働基準法の適用や社会保険料の負担など一切の雇用主責任を回避するものであり、労働法制の根底的破壊です。

(写真 裁量労働制の対象拡大「反対」57% 毎日新聞は24、25両日、全国世論調査を実施した。実際に働いた時間ではなく、あらかじめ決めた「みなし労働時間」を基に残業代込みで賃金を支給する裁量労働制について、「対象拡大に反対」との回答は57%で、「対象拡大に賛成」の18%を大きく上回った。長時間労働を是正するため、残業時間の上限を月45時間、例外でも月100時間未満にする政府の規制策に関しては「もっと厳しくすべきだ」と「妥当だ」が33%で並んだ。「もっと緩くすべきだ」は13%だった。【毎日新聞2月25日より転載】)

「働き方改革」法案の歴史的位置―転機となった2007年労働契約法の制定

労働法の概念を解体する労働契約法の制定―個別労働関係を規定

 ここで戦後労働法制解体攻撃の歴史を少しみていきます。紙面の都合で、1980、90年代には言及できませんが、大きな転機が2007年に制定された労働契約法です。
 そもそも労働法(工場法)は、労働力の売買を自由な取引=契約に委ねた場合、『資本論』も指摘するように労働者階級の平均寿命さえ極度に低下させ、労働者の生きるための階級闘争が爆発したことを背景に誕生しました。労働法は、「契約の自由」を制限し、「個人の自由」を修正して労働時間規制や社会保険制度など「集団的保護」を設けました。法律の世界に集団性をもたらしたのです。
 具体的には、法律が定める基準に違反する契約は無効とするなどの方法で契約の自由を制限し、さらには、労働者が団結して資本家と団体交渉を行い、ストライキなどの団体行動をとることを法認(後には積極的保護)したわけです。日本でいえば、戦後の労働基準法や労働組合法がその位置にあります。
 労働法(工場法)は歴史的には、労働者の健康や寿命を「回復」させ、階級闘争の激化を回避するために技術革新による相対的剰余価値の追求なども含めて、生産性を向上させ、資本主義を持続させた側面もあります。労働法は階級闘争の産物であり、資本家階級の利害でもあったのです。
 労働契約法は、こうした労働法の誕生とその性格を完全に逆転させるものです。労働関係の集団性を否定し、個別労働関係に還元する。他の労働法は、労基署やハローワーク、労働局などによる行政指導や強制権限でその実効性が確保される。例えば残業代未払いなどは職場の集団的労働条件の問題なので使用者には匿名で労基署に申告できます。ところが労働契約法の場合には、法の実現は、労働者が個人的に紛争解決の手続きを利用するしかありません。
 労働契約法は、従来の労働法とは違い、純然たる民事法規として労働者と使用者間の個別労働関係を規律し、労働契約の開始(採用)からその展開(出向や転籍、懲戒等)、終了(解雇や退職)までのすべてを「契約の自由」「個人の自由」(労働契約)の枠組みで設定するのです。
 あえて法律的に表現するならば、労働契約法以前は、労働基準法と労働組合法による集団的労使関係が存在する職場に、個々の労働者が入っていくことで労働関係が生じるイメージです。しかし、労働契約法のイメージでは、個別労働契約がまず先にあって、その最低基準を労働基準法が定める関係です。しかも、その労働基準法は、規制緩和・適用除外などで解体に直面しています。
そして、労働契約法のもう一つの重大な特徴なのですが、使用者が一方的に定める就業規則が個別労働契約の内容となり、不利益変更も就業規則の改定でできるようにした(合理性があれば不利益変更も効力をもつという法律の構造!)のです。
 労働契約法の制定に先行して、個別労働関係紛争解決促進法(行政による個別紛争解決制度)や労働審判(司法における個別紛争解決制度)も制度化され、いまや労働契約法は、労働関係の集団性を解体し、個別労働関係に還元する基本法として位置しています。
 要するに労働契約法の世界とは、団結と労働組合のない世界なのです(逆に言えば、資本家階級は何が一番恐ろしいのかを正直に言っている!)。

リーマン・ショックを契機に非正規労働者への対応が新設

 ところで労働契約法には、解雇権や出向、懲戒権の濫用法理(制限)や安全配慮義務など労働者にとって有利にもなる保護規定も盛り込まれています。しかし、その狙いは、あくまで個別労働関係に還元した場合に生じる交渉力の格差を〝保護〟するという位置づけです。
 実は、2007年に制定された労働契約法はわずか19条で、当初の構想からすると小規模です。連合などの反対もあり、資本家階級の内部でも調整がつかない条項が多かった。実際には、ホワイトカラーエグゼンプション、解雇の金銭解決制度、変更解約告知制度(使用者が労働条件の変更を申し入れ労働者が承諾しない場合は解雇)、従業員代表制度などは、当初から構想されているのです。
 その後、2008年のリーマン・ショックと派遣村をきっかけに、労働力の再生産の危機と階級闘争の爆発の可能性が焦点となり、重大な階級政策として非正規(有期)労働者への対応が急浮上し、2012年に18条(無期転換申込権)、19条(有期労働契約の更新等)、20条(不合理な労働条件の禁止)が新設されました。
 2018年3月、18条の無期転換申込権をめぐって、契約期間5年を前にした約450万人の労働者の雇い止め攻撃が大焦点となっています。同時に、これは正社員ゼロ=総非正規職化を狙う超重大な雇用破壊の攻撃です。

労働者が団結して闘うことが、法案批判の核心

資本家階級の矛盾や危機感を反映した法案

 ここまで検討したように、「働き方改革」関連法案は大変な攻撃です。全体構造をしっかりとらえ、見据えて闘う必要があります。無批判に労働契約法の活用などと言っていては、労働運動上の大きな過ちを生じさせかねません。
 その上で、この法案は、資本家階級の矛盾や危機感を強く反映しています。ここがポイントです。
 第一に、新自由主義30年間は、労働力の再生産さえ困難な状況を生じさせ、労働者が生きていけない状況をもたらしています。徹底した雇用・賃金破壊、分断と競争の激化は、資本の生産性さえも自己破壊し、日本の生産性水準は、主要帝国主義で最低ランクです。日本の資本家階級は、この自己矛盾を打開しなければならない。搾取と収奪、労働強化を強めながら、なおかつ労働者の「支持(幻想)」を維持することは不可能なのです。
 第二に、第一と一体の問題ですが、もはや労働者階級の怒りは限界をこえつつある。どこかで階級闘争は爆発する。あちこちにその予兆はあります。労働運動再生の局面が生じることに資本家階級は恐怖しています。
 だから見てください。「同一労働同一賃金」「無期転換」「非正規をなくす」「3%賃上げの官製春闘」等々、安倍は必死です。あたかも連合に代わって労働者の利益を代弁し、実現するかのように立ち振る舞いながら資本家階級の利害を追求している。しかも、労働者が団結して闘わないように。

労働者が団結して闘うことだけが事態を転換する

 しかし、結局は、資本家が生き残るために労働者を犠牲にするだけなのです。「非正規をなくす」「同一労働同一賃金」などと幻想を煽りながら、労働者を競争と分断で最低賃金に陥れる。こんな矛盾的な階級政策は絶対にうまくいかない。必ず反作用が起きる。
 「働き方改革」関連法案は、資本家階級の自己矛盾と危機の現れそのものであり、その階級的目的は、労働者を団結させないことにあります。
安倍政権の官製春闘の破産は、「2017年通年の実質賃金はマイナス0・2%」(厚生労働省2018年2月7日発表)という事実を見ただけでも明らかです。
 結局、大幅賃上げが実現されるのは、労働者が団結してストライキをやったときだけだという状況がくる。その「パンドラの箱」を開けているのは安倍その人なのです。
 労働者が団結して闘うことだけが事態を転換するのです。ここにこそ私たちの法案批判の核心があり、闘いの指針だと思います。