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理論なくして闘いなし第22回 乗務員勤務制度の改悪とは何か

月刊『労働運動』34頁(0347号12/01)(2019/02/01)

理論なくして闘いなし 闘いなくして理論なし 第22回
乗務員勤務制度の改悪とは何か

片峯 潤一(動労総連合書記)

動労総連合書記の片峯潤一さんに今年3月から強行が狙われる「乗務員勤務制度の改悪」について書いていただきました。

 JR東日本は今年3月16日、ダイヤ改定と同時に乗務員勤務制度の改悪を強行しようとしています。JRでは、これまでとは明らかに別次元の攻撃が始まっています。その最大の突破口に位置付けられているのが、乗務員勤務制度改悪です。
 具体的な提案の概要は、以下の通りです。

○朝夕のラッシュ時間帯に短時間行路を設定する。
○育児・介護者に「行路選択制」を導入。勤務制限を緩和し、6時間を超える勤務、深夜帯の勤務に就けるようにする。
○指導員、支社課員、当務主務(当直)を短時間行路に乗務させる。
○「短時間行路」は乗務割交番から遊離し、乗務割交番内の勤務は実乗務の割合を増やす。
○拘束時間の限度を日勤で1時間、泊勤務で2時間延ばす。乗務効率をあげて、乗務時間の割合を増やす。
○深夜手当を乗務員特有の手当から、他職と同一の手当に置き換える。
○行先地手当を廃止する。

●乗務員勤務制度解体につながる攻撃

 指導員、支社課員、当務主務を短時間行路に乗務させるということは、乗務員勤務制度そのものの解体につながる重大な問題です。
 そもそも、運転士や車掌は「乗務員勤務」という特殊な勤務制度の中で働いています。列車の乗務員は労働基準法の特例的扱いで、休憩時間を与えなくてよいとされています。その中で、多くの乗客を乗せて日々列車を運行させるのです。そのため、乗務員の健康や列車運行の安全を守るために、拘束時間や一継続乗務時間など、さまざまな制限が必要です。それが乗務員勤務制度の役割です。
 しかし、支社課員らは乗務員勤務ではなく、通常の日勤などの勤務形態で働いています。その勤務形態のまま、「早朝に短時間乗務してから支社に出勤して勤務する」といった勤務を組むというのです。乗務労働を片手間仕事のように扱い、「資格さえ持っていれば誰がやってもいい」とする発想です。
 それは手当に関する提案にも表れています。「手当の総額は変わらない」としていますが、問題は乗務員特有の性格を一掃しようとしていることです。
 「行先地手当」とは、休憩時間のない乗務員特有の手当です。行先地では、「労働時間でも休憩時間でもない」という特殊な時間が生まれます。行先地手当は、その時間も乗務員を拘束することの〝口実〟のような手当です。それを廃止し、さらに夜勤手当に相当する部分も、乗務員特有の手当ではなくなります。
 背後にあるのは、「すでに無人運転ができる技術が開発されているのだから、乗務員を特別扱いする必要はない」「国家資格のいらない保安要員さえいればいい」という考えです。経営計画では、すでに「ドライバレス運転」が目標に掲げられ、乗務員を運転士でも車掌でもない「輸送サービススタッフ」なるものに置き換える構想が打ち出されています。団体交渉でも、「乗務員という仕事が未来永劫なくならないと思っていてもダメ」などという回答までしています。

(写真 JR東日本が出した「取り巻く環境と乗務員の将来像」)

●乗務員の労働強化と人員削減もたらす

 同時に、この提案は本線運転士・車掌の大規模な要員削減と大幅な労働強化につながるものです。
 団体交渉では、「本線乗務員が標準数を下回っても、支社課員などが乗務すれば業務運営できる」「これまでは標準数100に対して、乗務員が105人とか110人とかいたが、これからは90人でいい」「一区所で要員を見ることはなくなる」と露骨に人員削減の狙いを語っています。
 短時間行路の設定についても、原則的に行路数を増やさないとしています。短時間行路が増えた分だけ、その他の行路に乗務する列車が増えるということです。そのために拘束時間を延ばし、効率化した勤務を組み、乗務時間を増やすことが提案されています。
 しかも、会社はそれを「労働強化ではない」と完全に開き直っています。「労働時間Aを増やして労働時間Bを減らすが、労働時間全体は増えないから」というペテンです。実際には、拘束時間が延長され、乗務時間が増える。労働強化そのものです。
 現状でも、すでに乗務員の労働強化は限界をこえています。「乗務中に脳梗塞で倒れた」「泊勤務後に帰宅してそのまま亡くなった」など、乗務員が倒れる事態が相次いでいます。昨年6月には37歳の運転士が乗務中に心筋梗塞で倒れて病院に搬送されることまで起こりました。
 しかし、会社は「業務との因果関係はわからない」「交番作成規定を守れば、拘束時間を延長しても、乗務時間を増やしても、乗務員の健康や鉄道の安全に影響はない」「働かせすぎではない」と一顧だにしようとしません。
 さらには、「突発の場合には、泊勤務の後でも超勤で短時間行路に乗ってもらう」とさえ回答しました。ダイ改毎に泊行路の明け部分が長大化され、すでに通常の日勤並みにされています。「明け」といっても午前12時を過ぎる行路がいくつもある状態です。乗務員にとっては大きな負担です。それにも関わらず、明けの後に超勤で短時間行路に乗務させるということを、当然のように回答したのです。
 JR東日本の乗務員の扱いは、もはや使い捨てのコマのようです。だから、乗務員が倒れたり命を落としたりすることも鉄道の安全を踏みにじることも、何とも思っていないのです。

●「育児・介護」「多様な働き方」は口実

 会社は、「子育てや介護しながらでも働きやすい環境をつくるための制度」であるかのように打ち出しています。しかし、それは制度に反対させないための口実にすぎません。
 「多様な働き方の実現のために朝・夕のラッシュ時間帯に短時間行路を作り、行路選択制を導入する」としていますが、早朝や夕方の行路で、育児・介護と両立できるでしょうか?
 現在の短時間行路は10時から16時といった日中帯の設定です。育児を考えた場合、出勤前に子どもを送り、退勤後に迎えに行くことも成り立ちます。一方、新制度の例では、7時出勤で13時退勤という例が挙げられています。5時に起きて6時に家を出る。それでは子どもにご飯を食べさせることもできません。ラッシュ時間帯に合わせるという趣旨からいえば、より早い出勤、深夜帯の退勤も作られていくはずです。子どもを保育園に連れていくことも、迎えに行くこともできません。
 たとえ、育児・介護と両立しなくとも、設定した行路には誰かが乗務しなければなりません。「育児・介護のため」という名目で作られれば、「他の乗務員に負担をかけられない」「本当は昼間の行路がいいが、無理をしてでも乗務しなければ」となりかねません。
 実際、団体交渉でも会社は、「日中帯のみの希望でも、まずは朝・夕行路に乗れるよう、できる限りの手を尽くしてもらう」と回答しています。これでは事実上の強制です。
 結局、会社の狙いは育児・介護勤務者を含めて徹底的に効率的な勤務を組むことです。そのために、深夜帯勤務や長時間勤務の制限緩和も提案されているのです。
 そもそも育児や介護に関する制度は、会社として労働者の生活を保証する上で必ず必要なものです。それを逆手に取り、現場労働者に提案を飲ませる口実に利用するなど、許しがたい卑劣さです。

●切実な高齢者対策は完全に無視

 一方で、新たに短時間行路を設定する提案をしながら、最も切実な課題である乗務員の高齢者対策は一切含まれていません。若年でも乗務中に倒れる乗務員が相次いでいる中、乗務員の高齢者対策は急務です。しかし、会社は「再雇用で乗務員になる場合、本人の希望に基づいている」「今回の提案と高齢者対策はまったくの別物」と顧みようとさえしていません。
 もともと、車両センター内での車両入換作業は、体を壊すなどして本線運転ができなくなった運転士が行く職場でもありました。しかし、業務外注化によって、本線運転士が降りる職場が奪われました。年齢を重ねても、無理を押してギリギリの中で乗務を続ける以外、選択肢がない状況です。しかも、昨年4月から再雇用の際の職種が拡大されたことに伴い、「65歳まで本線乗務員」という人も出てきます。本線乗務員の高齢者対策にこそ短時間行路が必要なのです。
 それにもかかわらず、会社は高齢者対策を完全に無視しました。さらに、現在よりも1~2時間も長大な行路への乗務を強制しようというのです。倒れるまで乗務するか、職場を辞めざるを得ない現実が強制されることを意味します。乗務員を使い捨てにするということです。絶対に許すことはできない。65歳まで働ける労働条件の確立と本線運転士の高齢者対策実現は大きな闘いの課題です。

●「JR大再編」攻撃の核心なす攻撃

 これは単に乗務員だけの問題ではありません。乗務員勤務制度解体を通して、あらゆる鉄道業務の全面的分社化・転籍強制などの攻撃を一気に貫徹しようとしているのです。
 乗務員は鉄道にとって最も中心をなす職種です。養成期間も長く、一人の労働者にかかる責任が最も重い業務でもあります。その労働条件・権利のあり方は、JRで働く労働者全体の労働条件や権利を規定する位置にあります。労働者側の抵抗する力が最も強いのも乗務員です。「ここを潰せば、すべて打ち砕ける」―それが会社の狙いです。
 昨年2月以降、会社が東労組解体に乗り出したことで、職場の状況は一変しています。労働組合の影響力を徹底的に排除して、労働者がどんなに惨めな存在に突き落とされても一言も声をあげさせない。それは首相官邸主導の、改憲に向けた労働運動解体攻撃です。そして、乗務員勤務制度改悪がその直接の対決点であり、「このために東労組解体に乗り出した」といっても過言ではありません。
 すでに具体的な攻撃は開始されています。昨年12月には吉祥寺駅が駅長を含めて外注化され、3月の秋葉原駅の完全外注化が打ち出されています。明らかに駅業務の完全別会社化に突き進んでいます。
 また、長編成列車を含めたワンマン運転拡大も具体的計画が進められています。
 JR貨物では、全面的な評価制度と超低賃金化を強制する人事・賃金制度改悪が4月にも実施されようとしています。
 駅外注化やワンマン化が進めば、「駅→車掌→運転士」という養成体系の根本が解体せざるを得ません。会社はそれを否定もせず、団体交渉で「将来の運転士養成については、しかるべき時期に提案する」と回答しています。抜本的な転換の狙いを隠そうともしていないのです。
 攻撃は明らかにこれまでの次元を超え、一挙に急激に進められています。年末年始には山手線で自動運転の試験が行われ、その様子はマスコミにも公開されました。ドライバレス運転導入がすでに具体的な形をとっていることを誇示しているのです。乗務員の大幅削減・大合理化への攻撃であると同時に、「乗務員という仕事に未来はない」という形で諦めを組織しようという攻撃でもあります。
 しかし、その攻撃は必ず矛盾をはらみ、安全と技術継承の全面的崩壊をもたらします。3月ダイヤ改定・乗務員勤務制度改悪との闘いは、この新たな攻撃と対決し、反撃に打って出る闘いの出発点です。攻撃の矛盾を捉え、闘いに組織し、新たな反合理化・運転保安闘争を作り出す挑戦です。

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【用語解説】


◆乗務員の労働時間

 JR東日本では、乗務員の労働時間は1日当たり7時間10分と規定されている。労働時間は、「労働時間A」と「労働時間B」とに区分されている。

◆労働時間A 

 本線での列車乗務、車両の入換や入出区作業、移動や準備時間など、予め指定された業務を行う時間。

◆労働時間B

 予め指定された業務はないが、労働時間Aと合わせて1日当たりの労働時間が7時間10分になるよう設定される。行先地到着後、労働時間Aに連続して設定される。日常的な列車遅延の対応はこの時間に吸収され、超勤にはならない。

◆行先地

 乗務した列車の到着駅など、勤務の途中で次の列車を待ち合せる場所。乗務員勤務には休憩時間という概念がないため、行先地では、「労働時間でも休憩時間でもない時間」が生まれる。

◆標準数
 業務量に応じて設定される要員数の目安。